新型コロナウイルスをきっかけに、EC流通金額は劇的な増加を続けています。この生活者のEC移行に伴い、企業側のデジタル変革の必要性も増してきました。
一方で、ECサイトの立ち上げやWEB広告の強化など施策レベルの強化に留まり、ビジネスモデルや顧客体験全体のデジタル変革に着手できておらず、期待する成果を出せていない通販企業も少なくない状態です。
そこで今回アライドアーキテクツでは、成長を続けるEC業界の最前線を走るディノス・セシール、アスクル(LOHACO)の2社をお招きし、デジタル変革が求められる今、通販企業が実行すべき「デジタルの売り場作り」や「顧客体験」の施策設計などをお聞きするセミナーを開催しました。今回は、そのセミナーレポートを前後編の2回に分けてお届けします。
後半では、前半に続きさらなるデジタル活用事例が紹介されたほか、社内で経営者の理解を得るための工夫点や今後の展望が語られました。
モデレーター
・株式会社シンクロ 代表取締役CEO 西井敏恭氏
パネリスト(五十音順)
・株式会社ディノス・セシール 経営企画本部 CECO(Chief e-Commerce Officer)石川森生氏
・アスクル株式会社 取締役執行役員 輿水宏哲氏
ディノス・セシール事例3:スマホにスキャン機能を搭載、オフラインの行動データ取得が可能に
モデレーター/シンクロ西井氏:ディノス・セシールさんの最近のスマホの取り組みを教えていただけますか?
株式会社ディノス・セシール 石川氏:ディノスセシールのスマホアプリをリニューアルし、新しくスキャン機能を搭載しました。スマホアプリを立ち上げてカメラを開き、紙のカタログの中で気になっているところにスマホをかざしていただくとそのページに出ている商品が出てくる仕組みになっています。画像認識とARの技術を組み合わせQRコードを使わずに済むため、カタログ制作のスキームに一切影響をさせずに実装しました。
これは単純に「商品詳細ページへの導線としてQRコードを置きました」という話ではありません。通常、紙のカタログには定価しか書いていませんし、当然在庫も分かりませんよね。ですから、今までカタログでお買い物をするお客様は、コールセンターに電話いただくか、ご自身でウェブページを見ていただかないと、それが今いくらで買えてかつ在庫がどうなっているか分からない状態だったんです。それってとても面倒なのではないかな?と。
弊社の場合、ロイヤリティプログラムがあり、会員の方の今までの購入履歴によって値引き率が異なっています。会員の上位ランクの方々は、基本的には定価ではなく割引価格でお買い求めいただける仕組みになっているんです。買い物をするときに、スマホをかざすだけで自分が購入できる価格と在庫の有無ががすぐに分かれば、利便性が上がり、お客様に新しいお買いもの体験を提供できると考えました。
また、裏側としても、初めてオフラインのログが取れるようになりました。スマホアプリをかざしていただくことで、誰が、いつ、どのページを見たのかのデータが取れるようになったのです。従来はカタログをお送りした方が購入したかどうかのデータはもちろん見ていましたが、購入しなかった方がなぜ購入しなかったかを類推するのは難しい状況でした。そもそもお客様がカタログを開いて見ていただけたのかすら分からなかったからです。
この仕組みを導入するようになって、例えば「カタログでワンピースの商品をたくさんチェックしたが最終的に購入に至らなった」というデータが取れるようになりました。そうすると、私たちが次にできるアクションが増えますよね。特定の時間内に何個商品をチェックした方には次にこのようなアクションをする、が自動化できるようになりますから。私たちがもともと得意としているCRMのトリガーを劇的に増やすことができるんです。
西井氏:お客様が紙のどこを見たのかはとても知りたい情報ですが、今までそのログを取ることはできなかったですよね。とても画期的な仕組みだと思いました。ただ、カタログにQRコードを埋め込み、そこからお客様にスマホをかざしていただくというのは、年齢層が高めの方には少しハードルが高いことのようにも感じます。実際の反応はいかがでしたか?
石川氏:お客様の属性を考えると心配な点もありましたが、実際には「こんなに使ってくださるんだな」というのが今の所感です。また、新規顧客向けにこの機能を告知するのは難しい面もありますが、弊社のサービスでお買い物をすることが好きなお客様に向けてであれば、カタログの裏表紙やメルマガのバナーなどさまざまな場所でアプローチが可能です。実際にこの機能を利用した売上として、早速数千万円~一億円程度のインパクトを生み出せるようになっています。
LOHACO事例3:データを活用して商品開発した結果、爆発的なヒット商品が誕生
西井氏:LOHACOさんの、データ・テクノロジーを活用した商品開発の取り組みについて教えてください。
アスクル輿水(こしみず)氏:私たちのDXに対する考え方の基本に「ビジネスに最もインパクトのあるところにデジタルの力を」があります。ECである以上「商品そのもの」がもっとも重要なポイントであると考え、「暮らしになじむデザイン」をコンセプトに、お客様の声やレビューデータをテキストマイニングした情報を活用し、LOHACOオリジナル商品の開発を進めています。
2018年に商品化した環境にも人にも優しいラベルレスボトルのミネラルウォーターがその一例です。ペットボトルの水に対するお客様の声のデータを解析したところ、「美味しい」「安い」だけでなく、「捨てやすい」「持ち運びしやすい」「デザイン」などの要素も重視されていることが分かったため、業界でもいち早くラベルレスを導入し、普通のペットボトルよりもスリムで持ち運びしやすいミネラルウォーターを開発しました。こちらの商品は製造から完全に内製化しており、水源を自社で購入、ボトルの製造も自社で行っています。
「暮らしになじむデザイン」という言葉から、「ただ単にパッケージを変えただけでしょ」と思われるかもしれません。でも、実際に長く買っていただいているお客様の声を見ると、デザインよりも「ラベルレス」「持ち運びしやすい」という機能性を評価いただいていることが分かっています。
お客様の声をもとに、メーカー様と共同で開発した「暮らしになじむデザインの生理用ナプキン」も爆発的にヒットしました。「持ち運びやすいデザインの整理用ナプキン」として口コミが広がり、一時的にお買い求めいただけないほどの売れ行きになったんです。また、ソフトティッシュを丸ごと外に持ち歩きたいというお客様ニーズを発見し、メーカー様と共同で開発した「ソフトパック入りティッシュ」も大ヒット商品になりました。
現在、メーカー様と共同でロハコのデータ活用を推進するための研究拠点「LOHACO EC マーケティングラボ」を設けており、140社以上の企業様に加盟いただいています。
西井氏:従来のビジネスを単にインターネット上に移しただけでない、特徴的な施策ですね。お客様の購入履歴や購入データを持っていらっしゃって、どの商品がどれくらいリピートされているか分かるからこそできる施策なのかな、と思いました。
輿水氏:そうですね。また、この施策は、既存の流通ではなくECだからこそできた施策とも言えるんです。例えば店頭に商品を置く場合はラベルで成分表示をする必要がありますから、そもそもラベルレス商品を売ることは難しいと思います。でも、通販だと商品をお送りする箱に成分を記載し、ボトルにQRコードを貼りつければ「ラベルレス」を実現できます。
DXに関して、経営者の理解を得るために大切なこと
西井氏:今日は「DX」をテーマに先進企業である2社のお話をお伺いしてきましたが、まだ日本では、経営層のデジタルへの理解を得るのが難しく、なかなか抜本的なDXを進められない企業も多いのではと思います。お二人が、DXに対する経営者の理解を得るために、どう工夫したかをお聞かせいただけますか?
輿水氏:私がよく実施しているのは、有識者の方をお呼びして社内で勉強会を開催したり、経営会議で講演していただくことです。身内が話すだけでなく、外部の方に目線を変えて話していただくのも一つの手だと思います。
石川氏:私は、この職についてからは特に外部のメディアさんからのインタビューは積極的にお受けするようにしています。新聞や専門誌で評価されることで、経営者も評価しやすくなります。
また、DXを進める際に私がお勧めするやり方は、まず会社の中で一番太いアセットを探すことです。多くの場合、店舗が一番太いアセットだったりするのではないでしょうか?いきなり「EC作りましょう」と提案しても、「じゃあどれだけ売れるの?」となりがちですが、経営者がもっとも理解しているアセットである店舗に「デジタル施策をこういう風により添わせると面白くないですか?」とアプローチすると、分かってもらいやすいと思います。
輿水氏:Howの話から入ると変な方向に行きがちですよね。例えば、「とりあえずMAツール入れましょう」から進めてしまうと大コケする可能性が高いと思います。技術的に難しいものがビジネスインパクトに必ずつながるわけではありませんからね。
そもそものビジネス課題って何だっけ?お客様がお困りのポイントって何だっけ?を洗い出して、そのポイントをデジタルやテクノロジーでどう解決するかを考えるべきですね。
ディノス・セシール、LOHACOが進める、これからのDX
西井氏:最後にお二人から、今後の展望をお聞かせください。
石川氏:今までは「紙をデジタル的に使えないか」「ログデータをオフラインでも取れないか」など、各施策を点で追いかけてきましたが、これからはこれら全てをつなげて面にしていくフェーズに入っていきます。そして、その裏でしっかり自動化のロジックを動かすことで、私たちが指一本動かさなくてもお客様のCXが最高になる状態を作り上げていきたいです。
輿水氏:これまでずっと当たり前のように行っている業務フローにも、もしかしたらテクノロジーをより活かせるところがあるかもしれません。例えば、弊社の中で、商品の品ぞろえや価格付けには10年、20年培ってきたノウハウがあり、職人芸のようになっている部分もありますが、テクノロジーが入る余地もあると思います。これまでずっと守ってきたことを変えることに社内から抵抗もあるかもしれませんが、聖域を作らずきちんと話をして、会社全体としてDXを推進していけるようにしたいですね。
西井氏:ありがとうございます。本日はディノス・セシールの石川さんとアスクルの輿水さんをお招きし、DXをテーマにお話をお聞きしました。コロナ禍をきっかけに、現在、全世界で一気にEC化・デジタル化を推進する流れにあります。ここから真のDXを進めるためには、単にECを始める・デジタルを取り入れるのではなく、あくまで顧客体験の向上を常に中心に置いて考えること、社内での垣根や常識を取り払い、全社一体となって推進していくことが大切だと改めて考えさせられました。本日はありがとうございました!