コロナ禍の到来を契機として、国内企業ではDX推進の機運が急速に高まりました。その中でも特に、デジタルマーケティング部門の重要性が高まっているが、人材が足りないと考えている企業が多いようです。

そこでアライドアーキテクツでは、2021年10月21日に「マーケ人材、どう育てる?〜デジタル化に対応した組織強化の取り組みとKPIを徹底解説!〜」というセミナーを開催。
国内老舗企業でデジタル変革推進を担うスピーカー2名を迎え、「デジタル化に対応した組織強化・人材育成はどう行うか」「KPIはどう設定するか」というテーマでディスカッションを展開しました。この記事では、その模様をお伝えします。

登壇者

モデレーター:

西井 敏恭 氏

(オイシックス・ラ・大地株式会社 執行役員 CMT 兼 株式会社シンクロ 代表取締役CEO)
20年来、デジタルマーケティング領域で活動。「デジタルありき」の人材・組織育成を手掛けてきた。

スピーカー(50音順):

石戸 亮 氏

(パイオニア株式会社 モビリティサービスカンパニー Chief Customer Officer & Chief Marketing Officer)
サイバーエージェント、Google、SalesforceなどIT・広告系のサービス企業を経て2020年4月、パイオニアにCDO(チーフデジタルオフィサー)として入社。

長谷川 誠 氏

(株式会社NTTドコモ スマートライフ推進部 サービス・マーケティング戦略担当部長 シニアプロフェッショナル)
「dマーケット」「dポイント」など、ドコモが手掛けるサービスプラットフォームのスペシャリストとして勤務。ドコモを一度退社し、単年プロ契約のスペシャリスト社員として在籍中。ドコモのデジタルマーケティング専門社員第一号であり、ドコモ唯一のプロマーケター。

(左から)オイシックス・ラ・大地株式会社 西井氏、パイオニア株式会社 石戸氏、株式会社NTTドコモ 長谷川氏

デジタルマーケティングの重要性は高まっているが、人材が足りない!

西井氏:まず、なぜ今回のテーマを選んだかです。

私が携わっている「コラーニング」という、マーケティングのeラーニングサービスのお客様にアンケートで聞いたところ、約2年にわたるコロナ禍で大きく時代が変革し、「経営においてマーケティング部門の役割が拡大している」と回答した人が7割以上も見られました。

また65%が「マーケティング部門だけでなく、社内全体のデジタルマーケティング理解の必要性が高まっている」と捉えています。

この状況の中で「現場のマーケター人材が足りていない」と感じている人は51%に上ります。

つまり、マーケティングの役割が広がっているにも関わらず、圧倒的に人材が足りない状態なんです。

このような課題に対して、コロナ禍というだけでなく、変革を牽引し続けるお二人がどんな役割を担って、どんな取り組みをしているか、リアルな話を聞きたいと思っています。

では石戸さんからお願いします。

石戸氏: パイオニアと聞くと、スピーカーやカーナビのイメージがあると思います。しかしこの10〜20年ほどで変化してきていて、非常に業績が厳しい時期を迎えたことで、車両にまつわる車載機器やデータ関連のビジネスに選択と集中をしてきました。つまり、モビリティ領域のソリューションサービス会社に構造改革中なんです。

新しい産業の課題解決を進めていくためには、デジタルネイティブな人材が必要ですし、現在の社員もデジタルやデータに明るくなければなりません。ハードウェア寄りからデータソリューションの比率を増やしていくよう、今取り組んでいるところです。

西井氏:社内メンバーの変革に向けた意識については、いかがですか?

石戸氏:業績が厳しい局面を迎え、「良くしたい」と強い思いを抱いている人はたくさん居ます。ただ、デジタルのハウツーを知らない。結構、内向的な社風なので、外部のマーケターやベンダーさんの話を聞きに現場へ足を運ぶといったことが、従来はなかなかできていなかったように感じます。でも皆さん大変優秀なので、ハウツーを教えたり、思考のスイッチを入れ替えてあげるとすぐに納得してくれます。

西井氏:ドコモさんは通信会社である中、スマホ以前にはガラケー時代があり、今は自社が手掛けるサービスも提供されていますよね。産業自体が変化している中の、社内の意識改革やスキルアップについてはいかがですか?

長谷川氏:社員一人ひとりのポテンシャルは非常に高いと感じます。しかしジョブローテーション含めあらゆる職務を経験するがゆえに、社内に特化したスキルセットになりがちです。それが、マーケティングをはじめ何か一つの領域を突き詰めたスペシャリストを育てる上での大きな課題になっています。しかし、まさに石戸さんがおっしゃったような「具体的なハウツーを教える」「思考のスイッチを入れ替えてあげる」だけで凄く良くなる人材はたくさん居ます。

西井氏:ドコモさんのデジタル変革に向けての課題について、詳しくご紹介いただけますか。

長谷川氏:ドコモが幅広い事業を手掛けている中で、私は「dマーケット」のポータルサイトの責任者を務めています。デジタルマーケティングに取り組んでいるのですが、着任後半年でMAU1000万達成という急成長を遂げました。その背景でどんなことに取り組んだのかをお話させていただきます。

着任時の課題は、「ジョブローテが頻繁で人材の入れ替わりが激しい、ゆえに専門領域を突き詰めるマインドが弱い」「市場の伸び止まりでDAU・MAUが伸び悩んでいる」の2点でした。

後者では、KPI設定で短期視点が非常に強くて。メディアなので、DAUによってどのサービスにどれだけ送客したか追いたいのは分かるのですが、それ以上にやはり「お客様をちゃんと見なければ」を課題として感じていました。

そもそも、イケてるマーケ組織・マーケ人材とは…私の考えでは、「マーケター組織の心技体」が重要だと思っています。

この「心技体」が整ったマーケティング組織を意識して、改革を実行していきました。

まずは「心」から変えるべく、「チームの心得」を作りました。仕事の極意を明文化し、チームメンバーが入れ替わるたびに「これがチームの心得だからしっかり守るように」と呼びかけました。マーケティングの概要的な研修もやりました。スキルセットの研修ではなく、「マーケターとはかくあるべき」といった説明です。チームで何を大切にすべきか、共通認識を作ろうとしたんです。

石戸氏:いきなり全社的にやったんですか?

長谷川氏:自分の所掌だけなので、まずは10数人のチームからスタートしました。初めて課長職を拝命したので、自分がマネジメントするチームを良い組織に育て上げられたら、それを横展開し、次第に全社に広げられるんじゃないか、という考え方です。

石戸氏:面白いなと思うのは、まず「心」から始まっているところですね。
わざわざこのように「心得」を明文化したのは、もともと組織内にある課題だったからですか?

長谷川氏:課題だと思っていたことを書き出して、それを解決するために明文化してみんなに言い続けた、という感じです。

組織やKPIの再構築、どう行う?

西井氏:続いて二つ目のトピック「組織のKPI・仕組みをどう再構築するか」に移りたいと思います。石戸さんお願いします。

石戸氏:現場で感じる課題は、戦略と実行に一貫性がなく、サイロ化している部分もあることです。そもそもモニタリングできるはずの数字が追えていなくて、例えば先月の実績がパッと分からない、PDCAを全然回していないとか。あと、「内向的な社風」だと言いましたが、顧客に対してもっと貪欲に会いに行っても良いのにな…など、いろいろあります。

長谷川氏:「大企業あるある」だと思いますよ。

石戸氏:例えば外資などではマーケティング戦略に関して社内の共通言語があり、そのサイクルを回す取り組みをしています。パイオニアでも浸透させたいのですが、今の段階で社内にインプットしようとしても、すぐには定着しません。
組織内のあちこちの部門で、競合分析をやっていたりするんです。みんな優秀でスキルも豊富なのですが、結果として「漏れ・ダブり・かぶり」がある。かつ、全体像を把握している人が居ない、というのが現状です。

西井氏:縦割りの企業だから、という側面もあるんですね。

石戸氏:それで、組織の再構築のうえでいくつか意識していることがあります。

一部具体的に紹介しますと…

「ファクトで語る」とは、以前はさまざまなエクセルファイルが社内のあちこちに散在している状況でした。僕は、「Excelは基本、無し」と言っています。それで、マーケティング部門の数字管理はダッシュボード化しました。ダッシュボードで可視化、というと、情シスやエンジニアが動かなければと思いがちですが、今はセールスフォースやGoogleデータポータルを使えばノーコードで、チームメンバー自らの手でサクッとできます。3ヶ月ぐらいで頑張って作って、マーケティングチームは週次でダッシュボードを見られるようにしました。

「顧客に会う、対話する、確かめる」に関しては、企画担当・デザイナー・マーケター、それに僕自身も、何度も顧客の元へ足を運びました。例えば運送会社さんとか、知り合いのトラックドライバーとか。僕らのマーケットってリサーチ会社さんでパネルがほとんどないんですよ。トラックドライバーさんとか、車両を保有する会社さんのサンプル数というのは非常に少ない。ならばもう、自ら会いに行く、を実践しています。

「業務の摩擦係数を最小化する」とは、現場の手動作業や非効率を減らすことです。ここをテコ入れしないとコストも変わらないので、この上半期でエンジニアやデータ部門が動いて整えました。

あとは、「率先垂範」。例えば、SaaSなどをマーケティングチームが自ら率先して使っていく、といったことです。いろいろと便利なツールが出てきているので、マーケティング部門のオペレーションを回すときに外注や情シス依頼ではなく、マーケティング部門自らが使いやすいサービスをサクサク使えることも大事だなと。それで格段に業務が楽に、早くなることをよく社内で話しています。

西井氏:SaaSは国内外に無数のツールがありますが、あらゆる会社に導入可能というのは、KPIがそれほど会社によって違わないということなんでしょうかね。

石戸氏:洗練されたSaaSとは、プロダクトマーケットフィットが繰り返されているので、業務の最大公約数化がされているはずです。15年前ほど前から「オンプレミスからクラウドへ」「カスタム開発から標準へ」という流れになってきています。本当に良いSaaSプロダクトに業務を合わせてしまうほうが良いと思いますよ。つまり、「SaaSの使い手になろう」という話です。マーケターとしては今後必須スキルだと思います。

西井氏:続いて、長谷川さんもお願いします。

長谷川氏:「心技体」の「技」の部分についてお話します。

チームメンバーには、マーケティングファネル全体を常に意識させています。

このモデルでマーケティング活動を回し続けるために、やはり「データ」が非常に重要です。全サービス、そしてポータルサイトの利用状況を一つのDMPに集約し、仕組みを整えるのに1〜2年掛けました。データさえ集まれば、マーケティングオートメーションに取り組んだり、ユーザーに対してページを出し分けしたり、クロスユースを促す施策をいくらでも打つことができます。だから、そのための基盤をまず整えました。

ここで重要なのは、目先の「売上」「PV」といった見えやすいKPIだけを追いかけないことです。とにかくユーザーを見よう、という話を徹底していて。「お客様がマーケティングファネルのどこに居るのか?」に常に着目する。その後、具体的な施策に落とし込みやすい仕組み作りを進める、という考えで取り組みました。

そして、「心技体」の「体」の部分、つまり「どんなチーム体制か?」という話です。

私のチームは、フラットかつ柔軟なプロジェクト型組織で、社員19名、業務委託社員・派遣社員さんなども加えて総勢約60名です。それぞれのタスクごとに、3〜4人単位でプロジェクト化しています。1人がいくつものプロジェクトに入っていて、プロジェクト同士の連携が非常に重要なため、情報共有のミーティングも頻繁に行います。

プロジェクトへのアサインは、もちろん適正・能力は見ますが、社員自ら挙手することを大切にしています。他部門のアシスト、例えば「マーケティング知識が必要だからちょっと力貸して」といったオファーを受けてもOKです。やりたいことをやりなさい、と常日頃から言っています。

社外セミナー・研修も強く推奨し、勉強のための予算確保をしたり、社外セミナー登壇を果たすメンバーも出てきています。

こういう人たちがロールモデルとなって、皆が外に視点を向け始めます。自由なプロジェクト型組織でどんどんやりたいことをやらせ、その仕組みを活かしてどんどんチャレンジしよう、というスタイルです。

例えば、広告チームだったら「代理店に丸投げだとよく分からないので、自分たちでやりたい」と言ってインハウスで運用していたりとか。

やりたいことをやらせた結果、どんどん専門性が磨かれています。あらゆるスキルを網羅したマーケターになるためにはどう行動すれば良いかを、各人が自ら挙手して行動する方向に向かっていて、非常に良いサイクルで回っている、と思っています。

これから、マーケ組織強化に向けて何をすべきか?

西井氏:リモートワークでコミュニケーションが取りづらい中、マーケティング組織強化の取り組みはどのようにされていますか?最後にお二人にそれぞれ伺って、閉会としたいと思います。

石戸氏:これは僕がサイバーエージェント時代に作った「成長のチェックリスト」です。

当時、新卒や若手メンバーばかりの中、短期間で急成長しなければなりませんでした。そこで自分に対して「いかに経営者視点、顧客視点を身に付けるか?」と課題を課して取り組んでいました。これは僕なりのやり方ですが、手前味噌ながら約3000人の中からベストマネジャーとして表彰されたりしました。結局はセルフチェックを積み重ねて成長できる仕組みを作らなければならない、ということです。

自分に問いかけるんです。例えば、「今月、新しいサービスを何個使ったか?」「自分のお客様に、何をしたか?」「競合のお客様の声を、いつ聞いたか?」「マーケティングの本を読んだか?」など。マーケティング領域だけに限らず、「人事」「営業」に置き換えることもできます。

マネージャーでも、プレイヤーの人でもできることです。そんなに難しい目標は掲げていません。このようなセルフチェックを1年ほど続けると、力が付いてきます。

長谷川氏:私は「コミュニケーションを取る」を重視しています。チームのSlackで雑談チャンネルがあって、1日1回必ず何か雑談を投げてもらう、そこに絡みに行くというのをチームの約束事にしています。「今日もお疲れ様でした」という挨拶の人もいれば「これが面白かったです」など業務外の雑談にも絡みに行くんです。それと同時に、私がずっとメンバーに言い続けている「心」の部分を伝えていく。シンプルですけど、それに尽きるかな、と思います。

また、私自身はマーケティングのスペシャリストとして、全社的な人材育成にも参画しています。ドコモ全体としても、データ人材・デジタル人材を増やしていく、という目標を掲げているんです。

その中で「コラーニング」の導入を始め、レベル分けをして「携帯電話を売ったことしか無い」という人に対してもマーケティングの思想をインプットする育成プログラムを進めています。

マーケ学習にしっかり取り組んでいるチームが社内に向けて情報発信し、ロールモデルを作って横展開、やがてはマーケターチームを拡大していけるように進めています。

研修的な話と、「スキルの見える化」「人材の見える化」をして、今後どのように評価制度に組み込むか、も検討を進めている最中です。

西井氏:今日のテーマのような話をこの2年で、本当によく相談を受けるんですよ。
スキル、KPIの話、組織全体の話。
「デジタルマーケ人材が足りない」とか、「リモートワークの中、各社どれぐらいの割合で取り組んでいる?」といった話も。
やはり、仕組みをどんどんアップデートしていかなければならないですよね。
本日は、素晴らしいお話をありがとうございました。

この記事の著者

景山 真理

フリーランスのライター。EC店舗、タウン情報誌制作会社、マーケティング支援企業などへの勤務経験を経て、Webメディア・紙媒体で活動しています。専門領域はデジタルマーケティング、コンテンツマーケティング、ECのセールスメルマガ、デジタルトランスフォーメーション。
Website:Mari Kageyama Writing Works