— 日本初のソーシャルメディアリードとしてご活躍の熊村剛輔氏に、企業としてのソーシャルメディアマーケティングへの取り組みについてお聞きしています。


—マイクロソフト社では昨年夏、熊村さんの指揮によりソーシャルメディアマーケティングへの、総合的な取り組み方をまとめた「バイブル」と、その思想を基にしたフレームワークが策定されましたが、それらを基に今後スタートされる本格的なソーシャルメディアマーケティング施策は、どのような取組みになりますか?
熊村:本来、ソーシャルメディアマーケティング(以下SMM)には「バズ & バイラル」型と「アドボカシー(信頼を得る為の支援)」型があると思うのですが、まず、SMM=バズ & バイラルのように広まってしまい、ツールありきな状況になってしまっていることで、SMMの本質が誤解されているのではないかと危惧しています。
これはもうホントに、自分も含めて、今までソーシャルメディアの世界の中に居た人たち、全員に責任があると思っていますが、新しいツールが出るたびに、あたかもそのツールを使えばバズ & バイラルが起こせるかのような騒ぎになる。Twitterなんてまさにそうですよね。「やれ、Twitterというものが出てきました、Twitterが広がってきました、Twitterであんな事やこんな事が出来ます」と語られているのはホントにバズ & バイラルな内容ばかり。
これはブログの時もそうでした。そしてセカンドライフの時もそうでした。いつの時代も、必ずなんらかのツールが出てきては、バズ & バイラルの起爆剤としてもてはやされる。確かに、バズ & バイラル型の方が、わかりやすく、華々しく派手で、効果も見えてくるし、なにより企業にとっては、効果指標が作り易いように感じるんですよね。でも実際は、バズ & バイラルはそう簡単に起きませんし、起きたとしてもその効果は一次的なものに過ぎず、SMMの本質ではないと思うんです。言ってしまえば、毎回競馬で大穴張ってるようなもの(笑)
— もうちょっと堅実的にやる方法があるんだ、ということですよね? たとえば、ENGAGEMENTdb(http://www.engagementdb.com/)で、ソーシャルメディアを上手く利用した企業が、売上を18%伸ばしているというような調査結果を見ると、「アドボカシー」型が徐々に成功しつつある証明なんじゃないかなと思うんですが?
熊村:そうですね、これからは本当に「アドボカシー」が重要視されていくと思います。長引く不況で消費者がお金を使わなくなっている以上、企業が引き続き成長していくためには、他社様のシェアを奪っていくような方向も検討しなくてはいけない。そんなとき、消費者との直接的なエンゲージメントを高めていくことで、それまで他社の顧客だった方にも「こっちも見てね」といったように、興味を持っていただけるようなソーシャルメディア活動が出来たら、それはそれで非常に成功している例になると思います。
傍目には目立った結果にならないかもしれないかもしれませんが、それでビジネスプロセスが改善されたとか、商品や自分達の持っているプロダクトがどんどん性能のいいものになったならば、それは立派な成果だと思います。直接的な売上になるならないを別にして。
— それでは、アドボカシー型SMMに先行者利益がある思いますか?
熊村:SMMにおいて先行者利益的なことは確かにあると思います。SMMは今はまだ、ある一線を踏み出すかどうかをみんなが悩んでいる状況で、まずこの一線を越える事がかなり評価されるのでは? 企業が消費者と同じ土俵に立ったことを明確に宣言する事だけで、今はまだかなり評価される時期だと思います。その上で、もしもその取組みが多少稚拙であったとしても、インターネット上に残って行く活動の蓄積が足跡として、後々検索されて沢山の人に見られて行くので、「積極的に消費者と向き合っている」というイメージを作るのに、意外と影響が大きいのではないかと思います。

— SMMの導入に戸惑っている企業は何から始めるべきだと思いますか?やはり傾聴戦略?
熊村:傾聴戦略だと思います。しかし「何から始めましょうか」と言っているうちは多分、まだ必要とされていないのかもしれないですね。自分達のマーケティング戦略における課題があった時に、その課題を解決する道具の一つとして、ソーシャルメディアが見いだされるというのが、本来の流れであると思っていて、最初から「SMMを始めよう」「で、始めようと思ったはいいけど、なにからやっていこう」と考えていくのは、正直結構危ないのかなと思います。そういう取組みだと多分続けられないでしょうし。
たとえば、本当にもう、継続的に顧客とのコミュニケーションやエンゲージメントを高めていかないと、2年後3年後の自社製品のシェアに響いてくるというような切実感を持っている人たちが、じゃあ今からソーシャルメディアを使って少しずつエンゲージメントを高めておこうね、というような形で始めるべきです。
— 現場レベルでは理解出来ると思うのですが、それを経営層に伝えて行くにはどうしたらいいでしょう?
熊村:個人的にジョシュ・バーノフ(フォレスター・リサーチ『グランズウェル』著者)に、経営層に伝えていくにはどうしたらいいんですかと聞いた事があるんですが、彼は、新規のクライアントに会う時は、出掛ける前にソーシャルメディア上でその企業がどのように語られているか調べて、持って行くんだそうです。そして、いきなりミーティングの最初に「あなたの会社は今、ソーシャルメディア上でこのように語られています」と見せるんだそうです。それでまず不安感や危機感を持ってもらう。現状を見てもらって、深く考えるきっかけを作ってもらうんだとおっしゃってました。
— 確かにそうした定性的なほうがいいでしょうね。感覚に訴えるというか。確かにこれを無視したら2年後こうなるな~みたいものを見せられたら経営者は不安になるし、「あぁ、あそこはもうやってるのか、我が社も遅れてはいけない」という感じになりますね(笑)
熊村:なので、僕も常々、それに関する案件があるのかないのか全く別にして、自社に関して気になるものというのは、ソーシャルメディア上でどう語られているか、継続的にチェックを入れています。そして、それについてなにか相談された時に、「実は今、こういう風に出されていますよ」「こういう風に出てきていますよ」というものを、サッと見せるような用意をいつもしています。
— ちなみにそれはどうやってチェックされているんですか? なにか上手いチェック手法があるのですか?
熊村:チェックするツールはしっかりとした有料のものを使ってますよ。やっぱりそのメジャメント(測定)に関しての予算は、シビアに考えておかないといけないです。
ソーシャルメディアに限らず、オンラインマーケティングをする時によく、ウェブサイトやキャンペーンサイトを制作するだけにもの凄くお金をかけてしまって、その効果測定をどうするかという段階になって、そのツールに対してなかなか予算を割り振ることが出来ないとか、そこまで割り振ったはいいけれど、その後継続して最適化させるサイクルに持って行く為の予算がなかった、というミスに陥りがちです。一番悩ましいのは、失敗したとわかっているのに、修正するための最適化予算がないまま最後まで行ってしまって、なんかすごく不完全燃焼で終わってしまうパターン(笑)。別にこれはSMMに限らず、オンラインマーケティングというか、マーケティング活動全般で当たり前の事だと思うんですが、自分達が世に出したものが、今どうなっているかということを把握するためのコストと、把握した結果それをどう変えていくかというコストを、ある程度最初のうちにしっかり検討しておくべきだと思います。

— SMMは本質的なところになるとメジャメント(測定)というのが本当にむずかしいですね。
熊村:理想論を言ってしまうと、SMMだけを切り離して考えてしまうと、かなり難しいと思います。SMMだけを単体で考えてしまうと、その施策に対してなんらかのROIが求められてくるのは避けられない。そうすると「書かれたブログのPVはどうだった」といった話になってきてしまう。だからSMMをマーケティング施策の中の一環として考えて、これはこれだけパフォーマンスが出たから、たぶん結果的に全体にも役に立っている、と考える事が出来たらいいなと思います。
— そうなると、人がかける時間やシステムにかかるコストなどを、どこまで許容するかになるんでしょうか?
熊村:その意味では、費用対効果を見るのではなく投資対効果で見るのが大切ですね。
これは今回のフレームワークを作る中でもかなり重点をおいたところなのですが、費用対効果で考えてしまうとなにも出来なくなってしまうから、投資対効果で見た方がいいということは注意しています。たとえば、PVであるとかクリックレートやコンバージョンレートのようなものは、基本的に費用対効果じゃないですか。かかった費用に対する明確な指標として、CTRであったりとかCVRがあがってくるわけですが、まずSMMをその切り口で評価するのは止めましょう、ということです。
投資対効果でしっかり評価していくためには、中長期的に考えなくてはいけないのですが、実際には、ブログでの会話量が変動すると、オンラインでの売上はどうなるかというような指標(KPI)と、コミュニケーションのインデックス(KCI)に分けて考えて、KPIとKCIというものの相関性を見た上で評価していきます。そして、そういったことを観測していきながら、ある程度の時間をかけて独自の指標を作っていくべきだと考えています。
— 投資対効果という言葉が出て来たんですけれども、SMMに対する投資額というのは具体的には、どのぐらいの規模なんでしょうか?
熊村:それは案件によって異なると思います。たとえば、一つの製品を扱うにしてもその製品が今、どのフェーズにあるかで変わってくると思うんですよね。たとえば、売り出し始めましたという時と、売り出し始めてある程度キャズムを越えて、もっと需要を伸ばさなきゃいけないという時と、キャズムも完全に越えて需要も伸びた後、更にこれを浸透させていくにはどうするかという時、一つの製品にしても色々な形でのマーケティングの仕方、プロモーションの仕方があると思います。その時々で投資対効果の投資の割合は変動するんじゃないかなと思っています。
— SMMに対する投資を数字でないもので考えるとしたら?
熊村:多分それは企業文化によっても変わってくるんじゃないかと思いますね。本当に純粋にお財布から出て行くお金だけをもって投資と見るのか、あるいはそこに関わってくる人間に伴う時間だったり、労力だったりまでを含めてシビアに考えていくのかは、おそらく企業の経営スタイルによっても変わってくるとは思います。ですから結局平たく言ってしまうと、効果指標というのは自分達で作るしかないってところがやっぱりあると思います。SMMが、これまでのオンラインマーケティングと何が決定的に違うかというと、これまではいわゆる費用対効果という面での共通指標が、明確に存在したというところだと思います。
たとえばその共通指標と言うのは、PVやあるいはリピート率、またはコンバージョンレート、というように様々な指標が確立されていますし、その指標は何らかの形で見る事が出来ます。それはもう共通指標として認知されていて、可視化出来るような状況になっていれば、アクセス解析ツールなどを使えば、極端な話、誰でも見る事が出来ます。ですがSMMの場合は、そういった共通指標は無いという認識からまず始めないといけないなと思うんです。そして、無いまま始めていく訳にはいかないのだから、自分で自分にあったものをちゃんと作りましょうということですよね。
— 将来的にはSMMにも共通指標が出来るんでしょうか?
熊村:無責任に言っちゃうと出来ると思いますよ。ただ、万人の為の共通指標にはならないとは思うんですけども。業界毎だったり、企業規模だったり、そのビジネスに応じた独自の指標という形で、ある程度類型化されたものにまとまってくるんじゃないかなとは思います。
《次回へつづく》
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熊村剛輔氏 略歴
マイクロソフト株式会社 セントラル マーケティング本部
デジタル マーケティング & アナリティクス グループ
オンライン マーケティング マネージャー
ソーシャル メディア リード
 幼少より海外で過ごし、90 年代半ばから後半にかけてプロのサックス奏者として活動後、
IT 業界へ転身。
 リアルネットワークス株式会社で RealPlayer のプロダクトマーケティングおよび RealGuide、RealNews のエディター・イン・チーフを務め、コールマン・ジャパン株式会社で Web マーケティング全般および E コマースを統括したのち、2006 年マイクロソフト株式会社に入社。2009 年より「ソーシャル メディア リード」として、ソーシャル メディア マーケティング施策全般に携わる。
 
インタビュアー:中村壮秀(アライドアーキテクツ株式会社代表)