「オウンドメディア」の話をしよう第1回:JR九州「ななつ星」は、最強のオウンドメディア!?
*本記事は「日経BPコンサルティングスタッフルーム」からの寄稿を、SMMLabが一部編集してご紹介しています。
 

クルーズトレイン「ななつ星in九州」/ JR九州

http://www.cruisetrain-sevenstars.jp/

 
 

「オウンドメディア(Owned Media)」という言葉をお聞きになったことがあるでしょうか。従来は「カスタム出版」と呼ばれ、最近は「オウンドメディア」という言葉が浸透してきましたが、出版社などが一般市場に向けて発行するマス媒体に対して、企業が、顧客のために自ら発行する媒体のこと。航空会社の機内誌やカード会社のゴールド会員誌を思い浮かべていただければ、分かりやすいでしょう。もちろん、雑誌スタイルのものだけでなく、書籍やタブロイドなどの紙媒体、Web、電子雑誌書籍、メールマガジン、Twitter、Facebookなどの電子媒体に至るまで、最新のオウンドメディアは多岐にわたっています。このシリーズでは、オウンドメディアを活用することで企業は何を得られるのか、強いオウンドメディアはどう作るのかを語ります。第1回は、オウンドメディアの役割についてお話します(全5回)。
 


 
2013年10月15日に運行を開始したJR九州のクルーズトレイン「ななつ星in九州」。その一番列車に何が起きたかご存知ですか? 何と10万人もの人たちが、沿線各地や駅で手を振って出迎えたのです。沿線の自治体が音頭をとった歓迎イベントもありますが、多くの市民が線路の脇で、田んぼのあぜ道で、通過駅のホームで自然発生的に手を振りました。この様子を車窓から撮った映像を見ると、沿線の人々が思い思いに「ななつ星」開業の喜びを表現していて、ちょっと胸が熱くなります。
 

JR九州の「ななつ星in九州」。オリエント急行にも負けない豪華列車として開発された。
開業日の車窓からの映像は、近日中にJR九州から動画サイトにアップされる予定

 
実は、この話には前段があります。2011年3月12日に開業した九州新幹線。鹿児島中央駅から博多駅まで開業前にお披露目運転をする新幹線に向かって、沿線の人々が手を振る姿を車窓から撮影し、ドキュメンタリー風のCMに仕立てて流しました。東日本大震災でCMは早々に打ち切られ、幻のCMとなりましたが、JR九州自らの手で動画サイトにアップ。震災後の人と人とのつながりを大切にする世の中の気持ちとシンクロしたこともあって、隠れた大ヒットCMとなりました。こうした下地があって、今回の「ななつ星」開業の盛り上がりもあるのです。九州新幹線開業以降、「ななつ星」に限らず、JR九州の沿線では、日常的に列車に手を振る住民の姿が珍しくないといいます。
 

九州新幹線開業のテレビCM。撮影の日、事前の告知をしたとはいえ、人々の盛り上がり、
喜びの表現方法は、予想をはるかに超えていた

 
 

オウンドメディアが消費者を変える

 
こうした現象を見て痛感するのは、企業と消費者との関係が、大きく変わりつつあるということ。列車に手を振る人々は、ちょうどサッカーチームのサポーターを思わせます。「ななつ星」や九州新幹線を誇りに思い、そこにコミットすることを楽しむ。例えるなら、グラウンドでプレーする選手ではないけど、ただの観客でもない。気持ちの上では、チームと同じ方向を向く仲間、といった感じでしょうか。
 
従来、企業と消費者の関係は、企業が製品やサービスを差し出し、お客様はそれを選択するという、いわば“片想い”で成立してきました。ですから、企業は、「顧客志向」の掛け声の下、この片想いの質を高めるべく多大な努力を払ってきました。しかし、「お客様は神様です」的な、至れり尽くせりではあるけど受動的な製品・サービスよりも、企業や製品に共感し、何らかの形でコミットすることで、能動的に楽しめるほうが好きだ、という消費者は、確実に増えているのです。参加することもお客様の権利になった、と言ってもいいかもしれません。企業にとって、ともに価値を創造してくれるパートナーのような消費者層の出現は、願ってもないことでしょう。
 
オウンドメディアの機能は、「企業の価値観をコンテンツの形でお客様に伝えていく」ことにあります。マス広告が“片想い”の発信であるのに対し、オウンドメディアでの情報発信は、“両想い”になるためのラブレターのようなものです。マーケティングの世界では、この“両想い”のことを「エンゲージメント」と呼んだりもしますが、要は、企業と消費者との間に、単なる売り手と買い手を超えた関係を構築しようというものです。
 
ですから、オウンドメディアの機能は、冊子スタイルの紙媒体、あるいはWebやSNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)などの電子媒体といった媒体の形をしたものだけにあるとは限りません。製品が多くのストーリー(=コンテンツ)を身にまとっていることもありますし、企業活動そのものがコンテンツになり得ることだってあるのです。アップルの活動や製品が、いまだにスティーブ・ジョブズ氏の価値観や数多くのエピソードとともに語られるのは、その顕著な例でしょう。時として、製品だって、企業だって、メディアになれるのです。
 
そして「ななつ星」もまた、メディア化に成功した商品の1つでしょう。世界一の列車設備とサービスを提供する豪華クルーズトレイン──というコンセプトからすると、従来なら高級感を強調し、老舗料亭や名門旅館のように、消費者にとっては憧れだけど、かなり敷居が高く、ちょっと遠い存在として認識されても不思議ではありません。
 
 

手土産を携えた乗客たち

 
しかし、開業までの2年間、「ななつ星」からは無数のコンテンツが発信されました。食材の搭載方法、客室シャワーに必要な水の量といったトリビアものに始まり、どんな小さなパーツにも魂を込めるデザイナー・水戸岡鋭治氏のこだわり、外装パネルへの景色の映り込みまで仕上げる車両工場のプライド、悪戦苦闘する乗務クルーの訓練と責任者の叱咤、前代未聞の豪華列車に挑むJR九州の夢と決断、といった“目指す価値の到達点”を語るものまで、実に多種多彩。発信されたコンテンツは、あらゆるメディアを通じて沿線の人々はもちろん、日本中に伝播していきました。
 
また、開業の1年前から予約を入れていた乗客たちには、専属スタッフが、機会あるごとにコミュニケーションを取り、「ななつ星」の今を伝え続けました。出発の日、博多駅の専用ラウンジに現われた乗客たちは、1年間、コミュニケーションを取ってくれた担当スタッフに渡そうと、手に手にお土産を携えていたと聞きます。乗客とも、手を振る沿線の人々とも、そして日本中の潜在的な乗客たちとも、まさに“両想い”の関係が成立したということなのです。「ななつ星」はメディアである、と申し上げる理由はそこにあります。
 
 
では、これからのオウンドメディアはどう考えるべきなのか? 次回は、最新のオウンドメディアの基本的なあり方からお話しようと思います。
 
 
 


 
ソーシャルメディアが成熟期を迎え、企業のマーケティングでは今後、より「コンテンツ」が重視されるようになると考えられます。
そこでSMMLabでは、日経BP社の各種メディア編集部出身者を中心に運営されているコンテンツメディア『日経BPコンサルティング スタッフルーム』から、コンテンツマーケティングに関する有益な記事をピックアップしてご紹介することにいたしました。コンテンツ制作のプロによる専門性の高い情報を、ぜひご参考ください。
 
 
 
 
日経BPコンサルティングは、企業のコミュニケーション活動をサポートする会社です。「調査・分析力」と「編集力」をクルマの両輪とし、それぞれ<お客様を知る><お客様に伝える>ことのプロフェショナルたちが、クライアント企業のために幅広い活動を展開しています。
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<ライター紹介>
能勢 剛
日経BPコンサルティング 取締役・企画出版本部長
「日経トレンディ」「日経おとなのOFF」など、市販3誌の編集長を経て現職。
趣味は、自転車、カヌー、パラグライダーなど、乗れるものは何でも。好物は、ウイスキー、ワイン、日本酒、ビール、紹興酒など、アルコールの入っているものなら何でも。
 
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