CPA(顧客獲得単価)の高騰、市場の成熟、そしてマーケティングのインハウス化——D2C・通販事業を取り巻く環境は、この数年で大きく変わりました。「今までのやり方の延長では、もう限界かもしれない」。そんな壁にぶつかっているマーケターも多いのではないでしょうか。

そこで今回は、スキンケアを中心に展開するビューティーブランドのオルビス株式会社より、ダイレクトブランディング部 部長の前田創一朗氏にご登壇いただき、CPA重視・短期的な獲得数優先のマーケティングから脱却し、KPI・組織構造・コミュニケーションのあり方までを再設計してきたリアルな変革プロセスを、株式会社シンクロ代表取締役社長・西井敏恭氏との対話形式でお届けします。

D2C・EC・通販事業を持つ企業の事業責任者やマーケティングリーダーはもちろん、「顧客起点」「LTV経営」への転換を模索している方にとっても、示唆に富む内容となっております。

※セミナー概要:
「CPAゲームから抜け出すための事業組織の再設計」
アライドアーキテクツ株式会社が主催したセミナーイベント。2026年8月27日にWeb上でのライブ配信形式で実施された。

登壇者

スピーカー

前田 創一朗氏
オルビス株式会社
ダイレクトブランディング部 部長

2011年オルビスに新卒入社。第二創業期の象徴商品「ORBIS U」「ORBIS DEFENCERA」における販促リーダーを経て、変革期の戦略人事(組織開発)、全国直営店の営業統括責任者を歴任。マーケティング・組織開発・店舗という異なる領域での変革アプローチを経験したのち、2025年7月よりダイレクトブランディング部 部長に就任。LTV最大化を見据えた、新規獲得・初期育成を一気通貫で推進するマーケティング統括を担う。

モデレーター

西井 敏恭氏
株式会社シンクロ
代表取締役社長

1975年福井県生まれ。金沢大学大学院修了。2001年から世界一周の旅に出る。帰国後、旅の本を出版し、ECの世界へ。2014年に二度目の世界一周の旅をしたのち、シンクロを設立。大手通販・スタートアップなど多くの企業のマーケティング支援やデジタル事業の協業・推進を行うほか、複数企業の取締役を兼任。著書『デジタルマーケティングで売上の壁を超える方法』などがある。2026年1月21日、アライドアーキテクツ株式会社の顧問にも就任。

なぜCPAゲームから抜け出す必要があったのか

西井氏:
「CPAゲームから抜け出すための事業組織の再設計」という、なかなか刺激的なタイトルですね。オルビスさんも、この数年ずっとこの壁と向き合ってこられたのではと思います。

前田氏:
オルビスは2018年にリブランディングを行い提供価値を見直しました。それまでは総合通販的なビジネスモデルで売上を伸ばしてきたのですが、あらためて「自分たちは何屋さんなのか」を問い直し、事業ドメインをスキンケアを中心としたビューティーブランドへ再定義。リブランディングを推進しました。

このリブランディングを牽引したのが「オルビスユー」です。20〜30代をターゲットに、ブランドの提供価値である「スマートエイジング®」を体現する象徴的な商品として展開してきました。そして、その「オルビスユー」の上位ラインにあたるのが「オルビスユー ドット」。より高付加価値なエイジングケアシリーズで、現在はオルビスのスキンケア売上No.1になっています。現在、「オルビスユー」シリーズをブランドの顔としてお客様と繋がりを作っています。

西井氏:
なるほど。では、本題に入っていきましょう。まず、なぜ「CPAゲーム」から抜け出す必要があったのか、教えてください。

前田氏:
2018年でリブランディングを行い、狙いたいポジションはしっかり取れたという認識でした。その後、コロナ禍に入るのですが、実はこの時期のオルビスは獲得数を伸ばしていました。消費が「内向き」になり、お客様が自分やスキンケアに投資する中で、オルビスはスキンケア想起のポジションを取れていたため、2020〜21年は投資を下げずに顧客数を伸ばすことができました。

西井氏:
コロナ禍でも投資を落とさなかったんですね。

前田氏:
はい。ところが2022年になると状況が一変します。コロナが明けて他社が広告出稿を強化し、競合ブランドも一気に増えた結果、CPAが悪化していきました。コロナを経て、お客様が持つ情報量や商品を見極める目は確実に進化していたのですが、その距離感を正しく把握できなかったことが要因です。

西井氏:
まさに「CPAゲーム」にどっぷり浸かってしまった、ということですね。そこから、どうやって乗り切ったのでしょうか?

前田氏:
色々と施策を打ちましたが抜本的な改善には至らず、2023年頃から広告運用のインハウス化に挑戦しました。顧客の変化を自分たちで捉えながらマーケティング力を高めていく体制にしたい、という考えからです。

「価格やお得感だけで選ばれる」という思い込みを手放す

西井氏:
広告運用のインハウス化というと、一般的にはコスト削減の文脈で語られることが多いと思うのですが、オルビスさんはどう考えていましたか?

前田氏:
おっしゃる通り、コスト面のメリットもありました。ただそれだけを追っていたわけではなく、本質は「マーケティング力そのものを上げていきたい」という課題認識です。自分たちがお客様を理解し、組織にその理解を蓄積させてマーケティングを強くする。そのために、広告の出稿から施策のディレクションまで自分たちでやり切る、という選択をしました。

西井氏:
なるほど。その後、前田さんが部長に就任し、どこから変えるべきだと考えたのでしょうか?

前田氏:
外部要因として、CPAは今後も上がり続けるだろうという市況感がありました。一方で内部要因としては、一定の組織規模になると新規獲得チームと育成チームが分かれてしまい、全体最適で連携しづらくなるという構造上の課題があります。新規獲得側は「獲得しないと始まらない」、育成側は「質の高いお客様を連れてきてほしい」——この構造自体を変革する必要があると考えました。

西井氏:
具体的には、どういう決断をしたのですか?

前田氏:
私たちの部署がF1(初回購入)だけではなく、F2(初期育成)まで責任を持つということです。

西井氏:
その判断をした時、社内の反応はどうでしたか?

前田氏:
この方針を部内のミーティングで伝えた時のメンバーの顔は、今でも覚えています。新規獲得を続けるだけでもCPAが年々上がっていく中で、「F2という指標まで保有できるのか」という不安や心配の声はすごくありましたね。

ただ救われたのは、このやり方を続けていても厳しくなっていくことをメンバーも頭では理解していたことです。まずは「ひとつやってみよう」と足並みをそろえて始めることができました。

新規獲得チームとCRMチームの連携の捉え方

西井氏:
実際に連携していく上での粒度はどう作られたのですか?例えば獲得媒体ごとに見ていくとか、クリエイティブ単位で見ていくとか。

前田氏:
最終的なF2転換数で会話しますが、当然、獲得手法まで共通認識を持つように心がけています。

西井氏:
そうしないと、例えばCPAが安く獲得できた分だけ喜んで終わってしまいますもんね。

前田氏:
おっしゃる通りです。LTVを起点にして本当に獲得後に定着してくださるかまで見なければ意味がない。一定期間の継続率まで責任を持ち、そこを適切に紐づけられていないと、F2まで責任を持つことも形式上のものになってしまうと思います。

西井氏:
実際に新規獲得チームがF2まで見るようになって、日々のマーケティング活動はどう変わったのでしょうか?

前田氏:
これまではF1獲得領域だけを見ていたので「お客様を決めつけていた部分」が多分にあったと感じています。「初回セットは他社と並んだときによりお得に。期間限定や煽り訴求で早く獲得しなければ…」という発想になりやすかったのは事実です。

F2、つまり継続してくださるお客様まで見えるようになったことで、F1のマーケティング活動そのものへの向き合い方が変わり、「繋がりたいお客様と繋がる」というコンセプトに立ち戻れました。

西井氏:
なるほど。以前はF1という視点でしかお客様を見られていなかった、ということですね。

前田氏:
はい。振り返ると当時の私たちは「顧客解像度」がまだまだ高くはなかったですね。KPIをCPAやCVRに置いてしまうと、その達成可否に終始してしまい、その先にいるお客様まで目が向いていなかったというのが実情です。

ダッシュボードが教えてくれないもの——N1インタビューで見えた顧客の本音

西井氏:
「繋がりたいお客様」の解像度を上げるために、具体的にどんなアクションをされたのでしょうか?

前田氏:
N1インタビューを、もともと仕組みとして入れていたのですが、新たにダイレクトブランディング部が発足したことで、よりスピード感を上げて実施できるようになりました。

西井氏:
N1インタビューは、実際にはどのように実施しているのでしょうか?

前田氏:
基本的にはオンラインで実施しています。定期的なサイクルの中で、流入チャネルやお客様の検討フェーズ別のセグメントに分けてお話を聞いています。

西井氏:
広告ダッシュボードのデータと、N1で聞いた声が食い違うことはありますか?その場合どちらを優先するのでしょうか?

前田氏:
食い違うこともあります。N1は母数が小さいという特徴もあるので、どちらか一方が正しいという捉え方はしていません。食い違っていたら「データに見えていないインサイトがあるのかもしれない」というレビューの材料にしています。

西井氏:
「ダッシュボードは何が起きたかを教えてくれるけれど、お客様はなぜ起きたかを教えてくれる」ということですね。

前田氏:
はい。ダッシュボードの数字だけを見ていても、なぜその広告がクリックされ、購買に繋がったという行動の背景までは分かりません。だからこそ、お客様の声を直接聞きにいくことを大切にしています。

「繋がりたいお客様と繋がる」——MD・LP設計とダイレクトブランディング部発足

西井氏:
ここからは、より具体的な施策の話をお伺いしたいと思います。まず、MD(商品セット)の設計についてはいかがでしたか?

前田氏:
この件については、象徴的な出来事がありました。私たちはトライアルセットを低価格で提供することを続けていたのですが、N1インタビューの中で、より手厚く体験できるセットについて意見を聞いてみたところ、「最初からしっかり試せるこちらを使いたい」という声をいただきました。

このご意見でハッとしました。当然なのですが、お客様が本当に解決したい課題や求める体験はそれぞれで違うということです。トライアルセットは「短期間で試してみたい」というお客様に、しっかり体験できるセットは「高くても効果を実感したい、失敗したくない」というお客様に向いている。どちらが正解というわけではなく、「自分たちはどのお客様と繋がりたかったんだっけ」という根本的な問いに立ち戻れた出来事でした。

西井氏:
LPの設計についてはどうですか?

前田氏:
これは私自身のキャリアの話にもなるのですが、現部署に戻る前、3年ほど直営店舗の営業部長として売り場を統括していました。店頭でお客様をお迎えする際、美容部員が値引きの話から入ることは絶対にありません。「お客様を知る、理解する、提案する、納得してお買い物をしていただく」という店頭での丁寧なコミュニケーションを、デジタル領域においても再現できないかと考えました。

バナーから遷移するクッションLPは、CPAを安くするための手法だと見られがちですが、接客の過程だと捉えたときには付加価値訴求を伝え切るほうが購入の納得度を高められます。CPAだけを追いかけようとすると、どうしても無理なコミュニケーションになってしまう。お客様を主語にして、クリエイティブを追求しています。

西井氏:
こうした一連の変化を経て、今年「ダイレクトブランディング部」を立ち上げられたわけですね。

前田氏:
はい。組織の名称だけを変えたかったわけではなく、お客様との関係性の作り方そのものを変えるための再編です。獲得のチーム自体はこれまでもありましたが、私たちの部の定義を「F1からF2まで責任を持つ」ものへとアップデートし、それを実行する部署として、去年までの「新規獲得部」から役割と名称を変えました。

出発点をF1のCPAではなく「継続性」に置き直し、一部署だけでは完結しないため、LTVを一緒に上げていくCRMチームと密に連携しながら機能する役割として、今年出発し直したという形です。

業界・事業を超えた示唆——顧客起点からの変革

西井氏:
最後に、今日のお話を踏まえて、業界や事業を超えたテーマとしてお伺いできればと思います。

前田氏:
繰り返しになりますが、継続していただけるお客様を起点にして変えていったというのが、一番大きな転換点でした。組織としてもそれを実行できる形に変え、共通のKPIに沿ってメンバーが動いてくれるようになった。そしてコミュニケーションの面では、これまで「獲得数優先」という発想だったところを、「繋がりたい人と繋がる」という設計に切り替えていった。まとめると、そういうことになるかと思います。

西井氏:
繋がりたいお客様は、状況によって変わっていくこともあるのでしょうか?

前田氏:
変わります。繋がりたいお客様とどのタイミングで、どのセット/クリエイティブで繋がるかは、ファネルのどこに投資し、どのような顧客層と関係性を深めるべきかによって変化するためです。だからこそ、「今、自分たちが繋がりたいお客様は誰なのか」という定義は、その時々でぶれないように、継続的に見直しておく必要があると考えています。

先ほどお話しした低価格のセットは、ファネルの上位、まだ準顕在層に近いお客様に接点を作るという意味では合っています。逆に、投資の重心がファネルの中盤からよりブランドに深く共感してくださるお客様に固まっている場合は、そうしたお客様と繋がる形に戦術を変えていく必要があります。

西井氏:
どこに投資の重心を置くかを俯瞰した上で、柔軟に意思決定できるようにしておくことが大事なんですね。

前田氏:
はい。私たちが思っている以上に、お客様はご自身のお肌や商品に対して真摯に向き合っていますし、選ぶ目も日々進化しています。その変化や距離感を見誤らずにしっかりと対応していきたいです。

西井氏:
今日のお話を伺って感じたのは、「CPAゲームから抜け出す」というのは指標をひとつ変えることではなく、KPIも組織もコミュニケーションも含めて丸ごと「顧客起点」に立て直す取り組みなんだな、ということです。F2まで責任を持つという決断も、ダイレクトブランディング部という組織の再編も、突き詰めれば「自分たちは誰と繋がりたいのか」という問いに立ち返るためのものだった。CPAという指標に向き合う多くの企業にとって、まさに自社の「ポジション再定義」を考えるヒントになったのではないかと思います。本日は貴重なお話をありがとうございました。