世界最大級のデジタルマーケティングカンファレンス「ad:tech tokyo(アドテック東京)2013」から、これからのマーケティングを考えるヒントが詰まったカンファレンスの内容をレポートします!
今回は、1日目午後のセッションから「ブランド戦略」に関する興味深いセッションを2つご紹介します。モバイルデバイスによってインターネットへの常時フルアクセスが可能となった今、マーケティング・コミュニケーションにおけるデジタルとリアルの境界はますます希薄化しています。
モバイルとソーシャルメディアによってリアルとデジタルを自由に往来するようになった顧客行動の変化は、企業の「ブランド」戦略にどのように影響しているのでしょうか?ご紹介する2つのセッションでは、「プラットフォーム」と「コンテンツ」という視点から、企業の「ブランド戦略」における課題と可能性が議論されました。
[A-1]
ブランド構築プラットフォームプログラムとは?
モデレーター(左)
小西 圭介氏
(株)電通
チーフコンサルタント
スピーカー(右から)
石川 浩之氏
㈱資生堂
宣伝制作部
コミュニケーション企画室
参与
石橋 昌文氏
ネスレ日本(株)
チーフ・マーケティング・オフィサー
常務執行役員 マーケティング&
コミュニケーションズ本部長
佐藤 俊介氏
SATISFACTION GUARANTEED PTE LTD
CEO
「デジタル技術とメディアの進化で、企業が顧客と直接つながることが容易になった時代。先進ブランドは、従来のメディア・チャネルの枠組みにとどまらず、顧客一人ひとりとの関係を通じて価値を生みだしていくための、新たなブランド構築プラットフォームを戦略的に進化させつつあります。」(小西氏)
ブランドの価値を作っていくドライバーが変わってきている
「ブランド」が、製品やサービス自体の価値を中心としたものから、マス・マーケティングを通じたイメージへと変化し、今はお客様一人ひとりの体験価値へと進化している時代。さらに、「ブランド」を一人ひとりのお客様と繋がるコミュニティープラットフォームとして捉えてみると、全く違うビジネスチャンスが見えてきます。」(小西氏)
ブランドエクイティの価値構成要素
・プロダクト価値
・イメージ価値
・体験価値
・コミュニティ価値
多くの日本企業が今まで「製品価値」を中心としてきましたが、お客様にとっての価値というのは、実はもっと製品を超えた繋がりや、関係によって作られているのではないでしょうか?
これまでのイメージで製品を魅力づける方法論を「形容詞のブランディング」とするならば、今はお客様一人ひとりと直接的な関わりを持つこと、あるいはコミュニティーを作っていくことで価値を共有していく、一緒に作っていく「動詞のブランディング」が必要となっています。
モデレーターの小西氏による「ブランド構築プラットフォーム」の概略解説に続いて、ソーシャルメディアを軸に、市場を越境したブランド・フランチャイズを図るサティスファクション・ギャランティード、顧客との共創システムを通じて継続的な収益成長を実現するネスレ日本、店舗とオンラインを統合した価値創造のプラットフォーム構築に取り組む資生堂の3社による、従来の発想を超えた「ブランド戦略」のアプローチが紹介されました。
ソーシャルメディアを使って「ブランド」の新しい定義を作っていく
サティスファクション・ギャランティードは、ソーシャルメディアを積極的に活用することで「ブランド」の認知を広げるブランドプラットフォームをつくり、そのシステム上でのブランディング及び、既存ブランドの再構築に取り組んでいます。
美容部門でのブランドライセンス事業に加え、経済産業省の「クール・ジャパン・プロジェクト」に採択された自動販売機による流通プラットフォーム、さらに地方自治体のECをブランド化などを通じて、日本製品のアジア展開を支援していくアプローチは、顧客とのネットワーク自体が「ブランド」となっているといえます。
佐藤氏は「海外から見ると“日本”を上手く使っている日本企業が少ないと感じていた」といい、自社の取り組みはソーシャルメディアを使って、繋がった人たちと一緒に新しい定義を作っていくチャレンジだと位置づけました。
製品イノベーションを超えたビジネスモデルのイノベーション
ネスレ日本はこれまで、飲み方、製法、ライフスタイルといったイノベーションを重ね、「インスタントコーヒー」は家庭内では圧倒的なシェアを獲得してきました。そして、2009年に発売した「バリスタ」というマシンによって「インスタントコーヒー」の価値定義の刷新に取り組んだのをきっかけに、新たな市場としてオフィスをターゲットに「ネスカフェアンバサダー」というプロジェクトをスタートしました。
全国で600万ヶ所あると言われる事業所を対象に、今までのコミュニケーションチャネルを統合したサービスプラットフォームを用意。ブランド体験の機会提供による新規顧客層の開拓だけでなく、これまで接点の持ちづらかった層に対する新たな需要の創出、コミュニケーションによる価値創造など、想定を超える成長機会を実現しました。
石橋氏は「現在、それぞれのオフィスでアンバサダーの方を起点にコーヒーを楽しむコミュニティーが生まれている。アンバサダーの方のモチベーションをサポート出来ているのが成功の要因。『ネスカフェアンバサダー』はブランドとアンバサダー、アンバサダー同士、そしてオフィス内で、アンバサダーを中心としたコミュニティー形成に積極的に取り組み、ネットワークしていったことで、ブランド体験と付加価値強化を図りながら既存チャネルとのシナジーをしっかり生み出せている」とプロジェクトの手応えを語りました。
コミュニケーション深化を目指すデジタルプラットフォームを活用したO2O統合プラットフォーム
資生堂では、成長性の鈍化が商品の差ではなく、コミュニケーションの差が影響していると考え、全ての顧客接点を統合してブランドを体験してもらえる、新たなプラットフォームの構築に取り組みました。
デジタルコミュニケーションで新たな価値を提供していこうと立ち上げたビューティープラットフォームでは、他業界も含めた43社と提携し、様々な「美」に関する情報を提供しています。また、自社サイトである資生堂Webを拡張することでネットの便利さを追求し、実際に商品を手にすることが出来る約10万の既存店舗では店頭でのコミュニケーションを楽しんでもらえることを目的として、3階構造の新たなビジネスモデルを立ち上げました。このモデルの中を顧客に行き来してもらうことで、「美しくなるためには資生堂に来ればいい」と認知してもらうことが、ブランディングに繋がると考えています。
「全ての顧客接点を統合することで今後のマーケティングにとって重要なビッグデータが蓄積できるようになった。これで24時間365日世界中どこにいても価値を提供できる、サービスを実感していただける可能性が広がったと感じている」(石川氏)
三社の取り組みはアプローチこそ様々でしたが、その本質は顧客とのコミュニケーションによって新たな価値を創造していこうという「動詞のブランディング」だと言えるのではないでしょうか?
[A-2]
スマートフォン&タブレット革命が巻き起こすブランド広告主へのインパクトとは
モデレーター
中村 信氏
(株)博報堂
DYグループ
スマートデバイスビジネス
センター事務局長
スピーカー
(写真左から)
本田 謙氏
(株)フリークアウト
代表取締役社長CEO
香川 晴代氏
Facebook Japan
セールス・ディレクター
遠藤 克之輔氏
ギャップジャパン(株)
マーケティング ディレクター
石田 貢氏
(株)フレイ・スリー
代表取締役
このセッションでは、スマートフォンの普及に伴って、デジタルが屋内だけではなく、屋外へも広がり、大きく変化した生活者の情報行動によって、マーケティングにどのような影響が出ているのか?スマートフォンやタブレットなどの新しいデバイスがもたらす可能性について議論されました。
テーマ1
高度化するタッチポイント戦略とどう向き合っていくのか?
まずはじめに、アパレルブランドGAPの遠藤氏が広告主の立場から、「既存の携帯電話の時代に比べると、スマートフォンによってお客様がよりアクティブに能動的になったため、様々なタッチポイントにデータが溜まってきている。それらを総合的に分析して、語りかけるべき一人のお客様を特定し、その人に最適なコミュニケーションを設計出来るか?が課題となっている。カスタマージャーニーの中でロイヤリティーを高め、より強いファンになっていただくためには、コミュニケーションを最適にデザインしていくことが求められていると感じている」と語り、既にスマホをつかって何か新しいことをやるというフェーズではなく、データに裏付けられたカスタマージャーニーにおいて、どれだけ刺さるクリエイティブ、コミュニケーション、オファーが設計できるか?という段階に来ていることを示唆しました。
それに対し本田氏はアドテクノロジーの観点から、「複数のタッチポイントをつなげて、一人ひとりのカスタマージャーニーを把握することが重要になってきている」として、デバイスをまたいでターゲティング出来る「クロスデバイスターゲティング」の現状を紹介しました。
PCとモバイルだけでなく、デジタルサイネージを見てスマホでアクセスし、さらに帰宅後PCでといったトラッキングも技術的には可能になってきているということで、O2Oがさらに加速する可能性があるとしながらも、こうしたデータによってターゲティングで追い回すだけでは、ブランド毀損を招く危険性もあると危惧しました。そして、スマホから得られるデータ情報によって、ターゲットへの想像力を広げていき、コミュニケーションに活かしていくことが大切だと語りました。
つづいて香川氏がスマホ普及によるFacebookユーザーの行動変化を紹介しました。
スマートフォンでFacebookを利用するユーザーは毎日いたるところからアクセスする
PCよりスマホユーザーは写真やビデオを投稿する
「スマホによって常に繋がっていることで、ユーザーの状態が把握できるようになっているのだから、ユーザーが今どんな環境にいるか、どんな状況にあるかを加味してメッセージを発信することがスマホのSMMで重要だと考えている」という香川氏の言葉を受けて、モデレーターの中村氏は「いつ?どこ?どんな状態か?ターゲットがいる状況に合わせて考えられたコミュニケーションでないと、ユーザーにとってノイズになってしまう。ソーシャルメディアにおいてはビジュアルの果たす役割が大きく、その場の空気感をどう伝えていくかは重要な視点だ」とこのテーマをまとめました。
テーマ2
スマホやタブレットが実現する新しいブランド体験とは?
次にスマートフォンやタブレットによって広く拡大した顧客接点におけるブランド体験の可能性についての議論では、まずフレイ・スリー石田氏からSKIIの店頭イベントの事例が紹介されました。
タブレットとQRコードのリストバンドを使って、ポップアップ店舗の2Fで実施されていたカウンセリングへのとユーザーを導く施策には2つのポイントがありました。
・リストバンドと3ヶ所のタッチポイントによる導線設計
ポイントラリーやクイズなどアトラクティブなイベントのほか、メインターゲットが女性であるため、入り口で男性スタッフが一人ひとりにリストバンドを巻いて親近感を高めるなど心理的なアプローチも取り入れられていました。
・記憶に残す体験提供
商品の世界観に自ら入り込むような体験ができる動画撮影ブースを設置し、録画した動画をすぐにユーザーのスマホに転送。ソーシャルメディア等に拡散したくなる動機付けにすることで、五感を刺激するブランド体験を提供しました。
こうした体験ベースのリアル施策は、お客様が企業からの情報を受け入れやすい心理状態を創ることが出来る「ブランド体験」のデザインだと言えますが、石田氏は「そもそもしっかりとしたブランドの世界観があったからこその企画で、なにもないところでいきなりテクノロジー優先になってしまっては受け入れてもらえなかったのではないか」と振返りました。
ブランド体験の可視化は、GAPでもショーウィンドウに入ってもらってマネキンとして写真撮影するというイベントを行ったことがあるという遠藤氏は、体験を可視化してもらうことでソーシャルメディアで拡散しやすくすることが大事で、その場で拡散してもらうにはスマホが無くてはならないと言います。
モデレーターの中村氏は二人の話を受けて「モバイルにおいてはそもそもコンテンツの考え方が違うのでは?」と疑問を投げかけ、「何時でもだれでもどこでも見れるのがPCのメリットだったが、スマホはその時その場でしか体験できないことに限定することが、スマホユーザーをその場に活かせる動機付けになっている。その限定された体験がユーザーにとって価値のあるものであって、さらに可視化出来る算段がたつとソーシャルメディアを通じて拡散され、さらに多くの人の疑似体験として広がっていくというのが、スマホを使ったデジタルコンテンツでのコミュニケーションの一つの考え方なのではないか?」と語りました。
ブランド体験におけるテクノロジーの役割について、本田氏が「五感に訴えるクリエイティブがより刺さる状況をデータから知ることが出来る。過去の連続情報から、今の瞬間の気持ちをどこまで理解できるかがこれから重要になってくるのでは?」として、コミュニケーション設計に活かすためのデータ分析事例を2つ紹介しました。
1. 過去の連続するデータから、次の行動を予想する
喉が乾いていそうな人をターゲティング
・電車にしばらく乗っている人
⇒近くの自動販売機で買える飲料の広告
・これからお昼休憩に行きそうな会社員
⇒コンビニエンスストアの広告
2. 連続する周囲の情報から今どのような心境なのかを推測する
寒いと感じていそうな人をターゲティング
・寒いところに長時間いる人
⇒コートやコーンポタージュの広告
「スマホのデータを分析することによってターゲットの今の気持ちを知ることが出来れば、その人に一番刺さるブランド訴求点がわかってくる。これからは属性でなく心理状態でターゲットするべきでは?」(本田氏)
続いて香川氏からはFacebookでのブランド体験づくりとしてFacebookページの投稿事例が紹介されてました。
PIMM’S
晴れの時、雨の時、夕方といったように気候や時間に合わせた投稿
Oreo
「ユーザーは日々大量の情報にさらされている。スマホユーザーとの接点は細切れなので、ブランドは直感的に理解されるビジュアルアイデンティティを築くことが重要」(香川氏)
ANA
「機窓から」という人気の投稿。見ているユーザーが疑似体験出来る
Paypal
「ペイパルはユーザーにブランドを一緒に築いてもらうために、ペイパルで支払った体験を撮影してもらって可視化している」(香川氏)
「可視化されていかないと点で終わってしまうが、体験が連続して可視化されていくことで、追体験するユーザーも増え、ブランドのイメージがどんどん増幅していくということが重要」(中村氏)
議論は今後ますますウェアラブルになっていくモバイルデバイスの身体拡張性にも広がり、GAP遠藤氏は、これからはブランド体験も「単に物を作って終わりではなく、お客様にライフスタイルをより豊かにするサービスやコンテンツを提供していく時代になっていくのでは?」と、「ブランド」は単にプロダクトという点ではなく、コミュニケーションという全体的な向き合い方の中での体験のイメージに広がっていく可能性を示唆しました。
モデレーターの中村氏は議論を振返り、「これからは、いかに一人ひとりを把握してコミュニケーションを最適化していくのか、そのためにデータベースの統合やカスタマージャーニーの再設計・拡張にどのように取り組んでいくのかを考えていかなくてはいけない。そしてそもそもプロダクト自体も変わっていく必要があるのではないか?スマホやタブレットによってこれまで知ることのできなかったユーザーを詳細に知ることが出来るようになった今、マーケティング全体に対する考え方の革命はどんどん進んでいくだろう」と締め括りました。
スマートフォンやタブレットといったモバイルデバイスの急速な普及と、人々の生活にしっかりと入り込んだソーシャルメディアによって、「ブランド」の概念が変化し始めています。単に製品・サービスの品質やイメージだけではなく、顧客接点における体験全体を通した「ブランド」をいかに構築していくか…。両セッションの議論には、これからの「ブランド戦略」を考えるヒントが詰まっていたのではないでしょうか。
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