顧客の声は集めている。でも、それをどう事業の意思決定に変えればいいか分からない――そんな壁にぶつかっていませんか。VOC(Voice of Customer、顧客の声)分析やN1インタビューを重ねても、声は”参考”止まりで、経営を動かす武器にならない。その壁を越えられるかどうかは、声を”聞く”力ではなく”決める”力にかかっています。
アライドアーキテクツは、この壁を越えるために、事業を自らつくってきたCMOが伴走する新サービス『事業家CMOソリューション』を展開します。”事業家CMO”とは、顧客価値と事業成長をつなぎ、経営とともに意思決定し実行する存在を意味しています。その中核を担う”事業家CMO”たちの思考に迫るインタビューシリーズ、第1弾となる今回お話を伺ったのは、カゴメ株式会社で20年にわたり顧客接点の最前線に立ち続けてきた原浩晃氏です。新規販路開拓の営業から始まり、通販事業の新規獲得からCRM、フルフィルメント全域(コンタクトセンター、システム、決済、物流等)、事業戦略立案、店頭商品のブランドマネージャーまで、複数の立場で「顧客の声」と向き合ってきました。現在は株式会社シンクロで、事業会社の”事業家CMO”として複数の企業を支援しています。
今回は、原氏がカゴメ時代からどのように顧客の声を事業判断に変えてきたのか、その判断軸についてお話を伺いました。
カゴメ株式会社の20年で、顧客の声とどう付き合ってきたか
原氏は2002年にカゴメへ新卒入社し、20年間在籍しました。最初の10年は新規販路開拓の営業、その後ダイレクト通販部門に7年半、店頭商品のブランドマネージャーに2年半携わっています。立場は変わっても、一貫していたのは「事業を顧客の行動から構造化し、解くべき事業課題を特定したうえで、必要な顧客の声を取りにいく」という姿勢でした。
——ご自身のキャリアの中で、原点になった出来事はありますか。原氏:
市場の声を起点に動いた備蓄市場の開拓ですね。2011年に東日本大震災が起きて、野菜ジュースを備蓄したいという声が自治体から多く上がったんです。当時の備蓄食は「3日間生きるための水と炭水化物」に特化した非常食がメインでした。大規模災害になるとビタミンや食物繊維なども必要になってきます。野菜ジュースはその意味で非常食としてニーズが大きかったのですが、非常食は賞味期限が最低3年、メインで取り扱っていただくには5年以上が必要でした。カゴメの野菜ジュースはそこまで日持ちしなかったので、まずは賞味期限を延ばす商品開発にフォーカスしました。
そして、野菜ジュースを単なる飲料ではなく、「野菜を備蓄する」という新しい価値として捉え直しました。賞味期限を延ばし、非常時にも野菜由来の栄養を摂れる選択肢として提案することで、結果的に大きな新規市場をつくることができました。
——ひとつの声から、そこまで大きな事業に育てられた理由は何だと思いますか。原氏:
「お客様の声をもとに市場規模の可能性を推計し、プロジェクト化する」というやり方がはまったんだと思います。事業課題に紐づいた顧客の声じゃないと、いくら集めても「それって売上いくらになるの?」で止まってしまうんですよ。
顧客のたしかな声と事業課題との結びつきがあり、売上の推計までが繋がっていると社内での納得性が高まり、事業全体の中での活動の優先度が上がります。特に商品開発の領域では多くの部門を巻き込む必要性があるのですが、この備蓄プロジェクトも多くの部門に協力いただき、非常に速いスピードで商品上市ができました。
この原型が営業時代にできて、その後の通販事業でもずっとトレースしてきました。
ナショナルブランドで、ひとつの声をどう扱うか ― 大怪我からの逆転
ダイレクト通販事業であれば、顧客データがすぐ手元にあります。
しかし店頭で売る商品は、顧客数がもっと多いうえに、一人ひとりの行動が見えにくい。原氏は、店頭のロングセラーブランドを担当したとき、いかにして顧客の声と向き合ったのでしょうか。
——店頭での購買層のような大きな母集団を相手にするとき、ひとつの声をどのように扱っていましたか。原氏:
当時担当していたのが『基本のトマトソース』という、30年続くカテゴリーリーダーのブランドでした。配荷はすでにほぼ行き渡っていたので、あとは購入人数と継続率をどう伸ばすかが課題でした。
そこでまず、過去5年の顧客数を新規と既存に分解し、新規購入から継続率を時間軸で追う経時リピート図(階段図)をつくりました。リピート率は大きな問題ではなかったため、課題は入口の新規購入に絞られました。
次に新規購入に至るまで、どのファネルで大きな目詰まりがあるかをアンケート調査したところ、「商品を知ってはいるが、商品価値理解」に大きなボトルネックがあることが分かりました。
さらに分析を深掘りしていくと、『基本のトマトソース』を買っている人は年間数百万人。一方、競合のホールトマトやカットトマトを買っている人はその3倍以上の規模がいて、そのうち半数が不満を持ちながらも代替品が見つからず、とりあえず買い続けている状態でした。
ここまでセグメントを絞り込んでから、初めてN1インタビューをやります。誰の、どういう声が必要なのかを明確にしてから聞きに行くので、ただのN1とは違います。
未購入層と購入経験層を状態ごとに分け、競合と同じ物差しで並べて見る。
原氏:
実は『基本のトマトソース』について、お客様の声を分析していくと、「期待していた味わいとのあいだにギャップがある」ということが見えてきたんです。この顧客の声を社内で報告する際に、私は伝え方を失敗しまして、あるお客様が発話されていたワードをそのまま「美味しいと思われていません」と、経営に投げてしまったんです。むちゃくちゃ怒られましたよ。「30年あるカテゴリーNo.1ブランドが美味しくないってどういうことや」って。大怪我しましたね。
原氏:
「お客様が感じているギャップは、具体的にどこから生まれているのか」を徹底的に分解しました。目指したい味わいを起点に、プロの調理で生まれる味の要素と商品の特徴を一つひとつ比較し、温度や時間、素材の持ち味を引き出すプロセスなどを細かく検証していったんです。すると、「もっとこうすれば、玉ねぎの甘みやコクを引き出せる」と、具体的な改善の可能性が見えてきた。単に評価を伝えるのではなく、「なぜそう感じるのか」「どうすればもっと良くできるのか」まで構造化して伝え直すことで、経営陣とも建設的な議論ができるようになりました。
また、それまでは50文字くらいある要点が伝わりにくい説明的なコピーがパッケージに載っていたのですが、「お家で簡単、プロの味」と、時短と美味しさを一言で伝えるシンプルなコピーに変えたことで、未購入顧客は勿論、既存顧客も、購買意向が今までのコンセプトより数倍上がりました。(リニューアルタイミングがコロナ期だったため、具体の購入率を純粋比較はできず。)
VOCを集めても、そこで止まる会社と進む会社の差
多くの企業が、顧客の声を集める仕組みを持っています。しかし、集めた声が意思決定に使われないまま止まってしまうことは少なくありません。
——顧客の声は集めているけれど、そこから先どうしていいか分からず立ち止まってしまう会社と、どんどん前に進められる会社。この差はどこにあると思いますか。原氏:
「事業課題が『顧客の行動』で考えられているかどうか」それとも「目的が曖昧なまま、なんとなく集めているだけか」この違いだと思います。たとえば「シェアを上げる」「認知を取る」。数字ではあるんですが、そこに顧客はいません。誰の、どの行動が変われば達成されるのかが明確でない。この状態だと、どれだけいい声が返ってきても、顧客の状態が分からない。だから集めること自体が目的になってしまう。逆に「新規で買ってくださる人数が足りない」「2回目で落ちている」というところまで分解できていれば、声を聞いた瞬間に、それがどの行動に効くのかが分かります。
「これを解決すれば、これだけ顧客体験や事業成果が変わる」というところまで数字で示せると、組織として意思決定しやすくなります。商品開発のような大きな投資が必要なものでも、動かす根拠が生まれるんです。
——その差が生まれる背景には、組織の構造的な問題もあるのでしょうか。原氏:
ありますね。大企業では、営業、商品開発、マーケティングなど、機能ごとに組織が分かれています。それ自体は必要ですし、事業環境が変わるたびに組織を半年ごとに作り替えるのは現実的ではありません。
一方で、顧客や市場の課題は、組織の境界に合わせて発生するわけではない。しかも、その課題は時代とともにどんどん変化していきます。だから、既存の組織は維持しながらも、解くべき課題ごとにプロジェクトを立ち上げて、組織横断で人を集めて動くことが重要だと思っています。
私がカゴメで営業にいた頃、プロジェクト型の活動が推進されました。その時にある営業担当者が当時の支社長に「既存組織の業務と、組織横断のプロジェクトでは、どちらを優先するんですか?」と聞いたことがありました。すると、「そんなの、プロジェクトに決まってるだろう」と即答されたんです。これがすごく印象に残っています。
既存組織は、すでに役割や業務が定義されていることを着実に遂行するためにある。一方で、まだ誰も答えを持っていない新しい課題は、既存組織の枠だけでは解きにくい。だからこそ、プロジェクト型で組織を横断し、必要な人を集めて解いていく。その両方が必要なんだと思います。
顧客の声を、どう事業の意思決定に変えるのか
顧客の声は、すべてをそのまま採用すれば良いわけではありません。事業の構造や顧客の実態と照らし合わせながら、どの声を意思決定に活かすのか。原氏はその判断軸をどう考えているのでしょうか。
——顧客の声をもとに商品を作った例と、逆に顧客の声に見えて捨てた例、それぞれ教えてください。原氏:
採用した例で言うと、カゴメ在籍時に担当した『つぶより野菜』です。前身の「毎日飲む野菜」という通販商品が、16年目を迎えて売上も利益も悪化した際に解約者に対して行ったアンケート調査から、「缶が捨てにくい」「国産野菜が欲しかったのに違った」「つぶつぶ感のあるジュースが欲しい」「1日分の野菜が欲しい」という4つの不満が出てきました。これらの意見は、コミュニケーションでは解決できない、商品自体を変えることでしか改善できない、顧客の声でした。
採用の基準になったのは2つです。
ひとつは、大きな課題であった顧客の解約率の悪化に直結しているかどうか。
もうひとつは、コンセプト調査にかけたときに「欲しい」という支持がしっかり出るかどうか。
4つの不満を個別に見ると似た商品は市場にあるんですが、全部を満たす野菜ジュースはどこにもなかった。だから「これはもう作るしかない」と判断して、本来1年半かかる商品開発を、8ヶ月ぐらいのスピードで形にしました。
原氏:
『基本のトマトソース』のパッケージに、以前「魚料理と一緒に」という訴求を載せていたことがありました。魚売り場に商品を置くことで、新しい食べ方が広がる可能性もありましたし、売り場の活性化という意味でも一定の合理性があったと思います。
ただ、実際の購買後の行動を見てみると、魚売り場で買ったお客様も、家ではミートソースなど従来の使い方をしていた。つまり、売り場は変わっても、食卓は変わっていなかったんです。
仮説を持つこと自体は大事ですが、その仮説が実際の顧客行動につながっているかは、きちんと確かめる必要がある。顧客の実態とずれていると分かったら、前提にこだわらず見直すことが重要です。
数字で見える顧客と、言葉で語る顧客
原氏は現在、シンクロで複数の企業を”事業家CMO”として支援しています。カゴメ時代とは逆の立場、つまり支援する側になって見えてきたものは何でしょうか。
——支援する側に回って、事業会社に共通する「惜しいパターン」はありますか。原氏:
実数を把握できていない企業が多い印象があります。「うちの顧客は満足している」と感覚では言えるんですが、それが何人中何人なのか、購入頻度がどう変わっているのか、数字で答えられないケースが多い。定性の声は集めていても、それが定量のどこに位置づくのかが分からないと、経営判断の材料にはならないんですよ。
原氏:
数字は「どこに問題があるか」を教えてくれます。言葉は「なぜそうなっているか」を教えてくれます。既存事業の課題を改善するときは、私はまずできる限り数字でボトルネックの場所を特定して、そこにピンポイントで言葉を当てに行くことが多いです。この順番を逆にすると、声は集まっても「それが全体のどれくらいを代表しているのか」が分からないまま、なんとなく良さそうな声に引っ張られてしまいます。カゴメ時代にやっていた階段図とセグメント分析も、結局はこの順番を徹底していただけなんです。
数字(定量)でどこに問題があるかを特定し、言葉(定性)でなぜそうなっているかを解明する。この順番を踏んではじめて経営判断の材料になる。
経営の隣に座るということ ― “事業家CMO”という存在とは
——事業家CMOとして企業を支援するとき、どんな役割を意識していますか。原氏:
多くの事業会社を見ていると、マーケティングの実務担当者はいるけれど、事業課題と顧客の声を結びつけて意思決定できる人が組織の中にいないケースが多いんです。よく言うのが「船の操縦士がいない」という状態ですね。船を動かす人はいるけれど、どこに向かうべきかを決める人がいない。私の役割は、その操縦士として一時的に経営の隣に座ることだと思っています。
原氏:
外部のコンサルタントとして分析結果を渡すだけでは、結局さっき話した「そのまま経営に伝えて大怪我した」のと同じことが起きます。数字と言葉、両方を経営の言葉に翻訳して、意思決定の場に一緒に立つ。事業会社の中で20年、実際に商品を決めてきた経験があるからこそ、外からの分析ではなく、当事者としての判断軸を提供できる。それが事業家CMOという肩書きの意味だと思っています。
とはいえ、今取り組んでいるのは唯一無二の特殊技能ではありません。顧客の行動から事業を構造化し、解くべき課題を見極め、そこに必要な声を取りにいく。定量と定性、両方で検証してから意思決定し、実行に移す――それを一貫してやり切ることで、顧客価値と事業成長が繋がっていく。特別なことではなく、きわめてオーソドックスで基本に忠実なことです。それを愚直に貫き通せるかどうかが重要だと考えています。
