新規事業を立ち上げるとき、計画の拠り所が担当者の経験則や思い込みになっていないでしょうか。過去の勝ちパターンや独りよがりのペルソナで描いた事業計画は、生活者が動くきっかけや理由とずれたまま走り出してしまう懸念があります。新規事業・新商品のヒット率を高めるには、意思決定の軸をどこに置けばよいのか。生活者が選ぶきっかけと選ばない理由を、施策だけでなく事業運営の判断にまで活かしてきた三井住友カードの実践から探ります。

クレジットカード事業で築いた強固な会員基盤を活かし、金融サービスと相性の良い新規事業を展開している三井住友カード株式会社。旅行予約サービス「Vトリップ」、ふるさと納税ポータル「Vふるさと納税」、オンライン診療や健康医療相談をVpassアプリから利用できる「Olive Healthcare」など、それぞれの事業はカテゴリーも市場の成熟度も大きく異なります。

同社はこれらの事業で、Kaname.ax®を用いたVOC分析を通じてカテゴリーエントリーポイント(CEPs)とカテゴリーイグジットポイント(CExPs)※を明らかにし、施策に活かしてきました。前回のインタビューでは、Vトリップの分析結果をクリエイティブに落とし込み、獲得広告のCPAを従来比約1/4に改善した経緯や、CEPsを施策の判断や社内外への説明の拠り所となる「信じられる軸=お守り」として他の事業へ広げていく構想を伺っています。

今回は、三井住友カード株式会社 マーケティングユニット ビジネス企画チャプター プロダクトオーナーの福田氏に、各事業での具体的な実践と、そのなかで変化してきたCEPs・CExPsの捉え方、そして事業の意思決定への活かし方について、アライドアーキテクツ株式会社 ブランドグロース統括部 統括部長 田中との対談形式でお話を伺いました。

※カテゴリーイグジットポイント(CExPs)とは? “買わない理由”というネガティブ要素を武器に、マーケティング戦略を最適化する

「会員だから使ってくれる」という思い込みからの脱却が必要だった

田中:
本日はありがとうございます。前回のインタビューから少し時間が経ちましたが、あらためて福田さんの現在のミッションと役割から教えていただけますか。

福田氏:
よろしくお願いします。ビジネス企画チャプターは、三井住友カードの会員基盤をベースに、金融サービスと相性の良い新規事業を立ち上げ、伸ばしていくことがミッションの組織です。そのなかで、旅行(Vトリップ)、ふるさと納税(Vふるさと納税)、ヘルスケア(Olive Healthcare)など、各事業のグロースマーケティングを横串で担うマーケティングチームをマネジメントしています。

田中:
複数の事業を同時に見るのは、難しさもありそうですね。

福田氏:
おっしゃる通り、各事業で置かれているポジションも市場の状況もまったく違うので、そこが面白さでもあり、難しさでもあります。

旅行予約は各社がしのぎを削る成熟した市場です。ふるさと納税市場は堅調に伸びているものの、競合差別性が出しにくく、法規制が強まっているなかでどう伸ばしていくのかが問われています。オンライン診療は日本ではまだほとんど使われておらず、0→1で市場をつくるチャレンジです。このように、事業ごとにマーケティングの考え方を変えながら、一つずつクリアしていく役割です。

田中:
そうしたなかで、各新規事業のマーケティングについてはもともとどのような課題感をお持ちだったのでしょうか。

福田氏:
一番大きかったのは、ユーザーを獲得できる具体的なプランがなかったという点です。マクロ調査が中心で、「三井住友カードの会員がお得になるサービスを立ち上げれば、他社から顧客を奪える」という前提の事業計画になっていました。

田中:
会員だからといって、必ずしも三井住友カードのサービスを選んでくれるとは限らない、ということですね。

福田氏:
そうです。多くの方は当社のクレジットカードを持っているだけで、三井住友カードが好きなわけではない。もちろんファンでいてくださる方もいますが、「このカードを持っているから、このカード会社のサービスを使おう」とは、普通は思いません。だからこそ、人が選ぶ理由や乗り換える理由を、定量と定性の両面から捉えられるものが必要と考えました。

「事業ごとに市場もポジションもまったく違う。そこが面白さでもあり難しさでもある」と語る福田氏

説明より「まずはやらせてほしい」。CEPs分析を各事業に広げた本音

田中:
Vトリップから始まり、複数の事業でCEPs分析を活用いただいています。あらためて、この手法を取り入れようと判断した決め手は何だったのでしょうか。

福田氏:
生活者が動く理由を本音ベースで、しかも定量と定性の両面から捉えられる点です。CEPs分析を導入する前は、大量の自由回答をオンラインで集めて深層心理を読み解く調査も検討していましたが、回答の精査に手間がかかり、費用もかさみます。Kaname.ax®なら量も取れますし、Xでの発話の多くは本音です。

調査手法は、目的によって使い分けています。認知度などを定点で見るなら定量調査、固まったコンセプトを検証するならデプスインタビューが向いています。ただ、インタビューの場では誰しもよい自分を演じようとするので、CEPsのような深層心理を探るなら、SNSの分析が有効だと考えています。

田中:
CEPs分析を導入いただくにあたり、社内にはどのように説明して進めたのでしょうか。

福田氏:
実は、あまり深い説明はしていません。「顧客理解のために絶対必要だから、まずはやらせてほしい」と伝えて進めました。「カテゴリーエントリーポイントを見つけます」と言っても、「横文字で何を言っているのかわからない」と返ってくるのは目に見えていたからです。

そこで、「こういうことをやります」とは伝えつつ、「CEPsが絶対に必要だ」という言い方では進めないようにしていました。

田中:
実際に導入してみて、社内で方針を進めやすくなった面はありましたか。

福田氏:
はい。報告資料には必ずCEPsの分析結果を入れています。たとえばOlive Healthcareのグロースプランを検討する際も、「UI/UXの問題ではなく、そもそもオンライン診療がこう捉えられているからです」と説明ができます。

クリエイティブについて、社内から思いつきの意見が出ることもあります。そんなときも「それはご自身の意見ですよね。市場のデータはこう出ています」と返せる。社内の多数決や個人の感覚ではなく、生活者の声というファクトで判断できることが大きな価値です。CEPsは、いわば生活者の投票結果といえます。

「生活者の声だからこそ、ファクトとして示せる」と語るアライドアーキテクツの田中

事業ごとに異なるCEPs・CExPsの効かせ方。Vふるさと納税・Olive Healthcareでの実践

Vふるさと納税:年末の駆け込み需要に、CExPsで応える「駆け込み訴求」

田中:
ここからは、各事業での具体的な取り組みを伺います。まず、Vふるさと納税ではどのように分析結果を活かしていますか。

福田氏:
年末商戦に向けた「駆け込み訴求」に活用しています。ふるさと納税は、とにかく年末の駆け込みが多く、12月31日の23時台が一番寄附が集まるほどです。

田中:
分析でも、「年末の締め切り間際に寄附上限額を使い切りたいとき」というCEPsが上位に出ていましたね。

福田氏:
そうなんです。「駆け込まないように」と呼びかけても、人はやはり駆け込みます。それなら、駆け込む人が何を求めているのかに応えたほうがいいと考えました。

その中身を決めるときに注目したのが、CExPsです。「返礼品の量が多すぎて冷蔵庫がパンパンになる」「何を選べばいいかわからない」「失敗したくない」といった声が多く出てきました。そこで駆け込み訴求では、有効期限がなく必要な分だけ使える「デジタルカタログギフト」を前面に出し、「迷ったらこれを選べば失敗しない」という選択肢を提示しています。

「駆け込む人が何を求めているか」に、CEPsとCExPsの両面から応えた駆け込み訴求

田中:
面白い取り組みですね。社内の反応はいかがでしたか。

福田氏:
プロジェクトメンバーも、「CEPs分析でこういう結果が出ているなら、確かにそうだよね」と納得してくれました。
正攻法で考えると、どうしても「ふるさと納税の初心者向けLPをつくろう」という発想になりがちです。ただ、ふるさと納税のやり方を丁寧に説明するページは、すでにどのサイトにもあります。そのため、それをつくっても意味がない。

データという裏付けがあったからこそ、駆け込み訴求はサイト内でも一番目立つ場所に掲出することになりました。年末には、会員向けのメールなどでもこの訴求をふんだんに活用する予定です。

また、上記の駆け込み以外の訴求でも、既に様々な施策へのCEPs、CExPsの活用は進んでいます。会員向けのメールでも、CExPsの内容をしっかり盛り込むと反応率が上がりました。

Olive Healthcare:オンライン診療の手前にある「信頼できない」を崩す

田中:
Olive Healthcareではいかがでしょうか。

福田氏:
代理店へのオリエンテーション資料にCEPsとCExPsのトップ5を入れて、「これをどう乗り越えるかが課題なので、コミュニケーションやLPに入れてほしい」と伝えました。いま制作中の新しいLPでも、ファーストビューのすぐ下でCExPsを表現しています。

田中:
CEPsとCExPsは、どのように使い分けているのでしょうか。

福田氏:
CEPsは、生活者に「自分にも関係がある」と感じてもらう、自分ごと化のきっかけとして使っています。体調が悪くて外出がつらいときや、いつもの薬をもらうだけのときといった場面をLPや映像で描いて、「こういうときに使えるのか」と思ってもらう形です。

ただ、オンライン診療の場合は、自分ごと化してもらうだけでは利用につながりません。その手前に、「そもそもオンライン診療を信頼できない」というCExPsがあるからです。子どもにインフルエンザのような症状が出たとき、信頼していないお医者さんには連れていかないはずです。

そのため、CExPsは利用をためらわせている障壁を取り除くために使っています。CEPsで自分ごと化してもらう前に、まずはこの不安を払拭する。オンライン診療では、その順番が大事だと考えています。

田中:
具体的には、どのように障壁を取り除こうとしているのでしょうか。

福田氏:
信頼感を伝える動画クリエイティブをつくっています。分析で見えた「信頼できない」「診察の質が不安」という声に応えるため、優しく信頼感のある医師のオリジナルキャラクターを起用しました。映像にはOliveのブランドも前面に出し、三井住友という安心感と、CExPsから見えた不安への答えを掛け合わせて設計した形です。
分析がなければ、このクリエイティブには絶対になっていません。体調の悪い人が登場して「オンライン診療は楽です」と伝えるだけの、よくある表現になっていたでしょう。

複数事業で見えたCEPsとCExPsの役割と、分析をクリエイティブへ落とし込む重要性

田中:
Vトリップ、Vふるさと納税、Olive Healthcareと、まったく異なるカテゴリーでCEPsとCExPsを活用され、複数の事業を横断してきた福田さんだからこそ、見えてきたことはありますか。

福田氏:
大きく2つあります。

1つ目は、CEPsとCExPsでは得られる価値が違うということです。

CEPsは、「言われてみればそうだよね」という分析結果が多く出てきます。ただ、それを言語化し、データとして体系的に示せることに価値があります。当たり前だと思っていたことが、生活者にとって本当に大事なポイントだと確信でき、施策の軸に据えられるからです。Vトリップでは、CEPsから見つけた「キャンセル安心オプション」の訴求が、今も一番の成果を上げています。

一方のCExPsでは、社内ではなかなか出てこない視点が見つかります。ふるさと納税も、正攻法で考えると「制度が難しそう」「手続きを間違えて損をしそう」といった声が挙がると想定されます。しかし実際には、「複数の返礼品が一度に届いてしまう」「量が多すぎて食べきれない」といった声も非常に多い。言われてみれば確かにふるさと納税を敬遠する理由なのに、定量的に言語化されていなかったものです。

「選ぶ理由」と「選ばない理由」では、得られる価値も使い方も異なる

2つ目は、CEPsやCExPsの分析結果は、言葉で説明するよりも、クリエイティブという形で見せたほうが伝わるということです。

以前は私も、まずはCEPsという考え方を社内に理解してもらい、そのうえでWho/Whatを設計していこうと考えていました。しかし今は、分析結果を要件や構成、クリエイティブイメージにまで落とし込んで見せることを大事にしています。駆け込み訴求も、Olive Healthcareの映像も、見せた瞬間に「CEPs・CExPsはこういう風に使えるのか」と納得してもらえました。

田中:
実際のクリエイティブにCEPsやCExPsが反映されていると、伝わりやすいということですね。

福田氏:
はい。分析とクリエイティブは、セットで考えるべきです。分析結果は、クリエイティブにまで落とし込むことで、はじめて利用価値が生まれます。結果的に他社との差を生活者に伝え成果につなげることができるわけです。

田中:
私たちは、そのカテゴリーで求められる便益(カテゴリー便益)と、そのブランドが選ばれる理由(ブランド便益)を整理し、両方をクリエイティブに反映させることが大事だと考えています。

福田氏:
そうですね。CEPsだけでは、選ばれる理由にはなりません。CEPsで求められるカテゴリー便益があり、それを「なぜ三井住友カードのサービスなら提供できるのか」という根拠として、ブランド便益が紐づく。たとえば、三井住友カードという安心感や、会員の経済圏です。そこまでつながってはじめて、「それならVトリップがいい」と選んでもらえます。

ただ、カテゴリー便益とブランド便益の比重については、サービスごとに変えるべきです。たとえばVトリップのような旅行予約の場合、やはり価格や宿の質が重要視されますから、感覚としては、カテゴリー便益が8割のウェイトを占め、ブランド便益は2割くらい感じてもらえれば十分です。

田中:
その割合は、あまり考えたことがありませんでした。私たちは、カテゴリー便益と同じくらいの比重で、そのブランドならではの選ばれる理由も打ち出すべきだと考えてきました。ブランド便益は、どのように位置づけていますか。

福田氏:
もちろん、まったく必要ないわけではありません。大事なのは、ブランド便益がマイナスにならないことです。使いにくい、実際は安くないといったマイナスがあれば、いくらカテゴリー便益を打ち出しても選ばれません。マイナスがなければ、まずはカテゴリー便益を打ち出して、後押しとしてブランド便益を訴求し、使ってもらうといったイメージです。

生活者が購入に至るまでの流れと、CEPs・カテゴリー便益・ブランド便益の関係

田中:
カテゴリー便益で勝てることが、一番の強みになるということですね。

福田氏:
はい。ただ、カテゴリー便益とブランド便益の組み合わせや割合は、業態や業種、そのブランドのシェアによっても変わります。オンライン診療の場合は、カテゴリー便益がまだ弱いため、ブランド便益の比重を高めるといった感じで、頭でっかちにならず、生活者にとっての本質を見ることが大事だと考えています。

「CEPsとCExPsでは、得られる価値が違う」と語る福田氏

新規事業に挑む人へ。「当たり前」に見えるCEPsにこそ、光明を

田中:
新規事業に取り組むなかで、過去の勝ちパターンに引っ張られたり、担当者個人の想いで進めてしまったりする方も多いと思います。そうした方に、どのようなアドバイスをされますか。

福田氏:
想いを持つことは大事です。ただ、新規事業の鉄則は、小さく始めていくつものパターンを検証し、当たったものを伸ばしていくことです。だからこそ、「自分がこうやりたいから」という考えをできるだけ排除して、勝ちやすい形で始める必要があります。そのための判断の拠り所として、生活者の声を持っておかなければなりません。

自分の狭い発想だけで検証のパターンを組むと、たとえばオンライン診療なら「インフルエンザが流行っているから、インフルエンザで訴求しよう」となってしまいます。でも実際には、その手前にCExPsがありました。分析をしなければ、そこで戦うという発想は出てこなかったです。

田中:
私たちも、CEPsをお出しすると「それは知っている」という反応をいただくことがあります。ただ、それが定量的にこれだけの規模で存在するとわかることで、大きな軸を見逃さずに済むと感じています。

福田氏:
そうですね。当たり前に見える結果のなかにも、「この視点はなかった」というものが1つか2つは必ずあります。むしろ、「これは当たり前だよね」と思ってしまうことのほうが危険です。当たり前だと思っていたのは自分たちだけで、生活者にとってはそれが本質だった、ということもある。フラットな視点で見直して、「やはりここが大事だ」と再認識できるかどうかが重要です。

田中:
「再認識」という言葉は、しっくりきますね。

福田氏:
逆に、想定していたCEPsが、生活者の発話としてほとんど出てこないこともあります。そのとき、「発話がなかった」で終わらせるのか、「まだ誰も見つけていないブルーオーシャンかもしれない」と解釈するのか。分析結果をそこまで読み解けるかどうかが、担当者に問われているのだと思います。新規事業に限らず、既存事業のグロースを考えるときにも、視野を広げるために生活者の声を使ってほしいです。

田中:
本日は、複数の事業を横断してきた福田さんならではの視点を伺えました。CEPsとCExPsを分析で終わらせず、クリエイティブや意思決定にまで落とし込むことの大切さを、あらためて感じています。ありがとうございました。

福田氏:
こちらこそ、ありがとうございました。CEPsやCExPsの使い方は、事業を進めるなかで日々アップデートしています。今回あらためて、分析をクリエイティブに落とし込む大切さを再確認しました。これからも新しい事業で、一緒に面白い取り組みを仕掛けていきたいですね。