北海道に本社を構え、全国に約2,500店舗を展開する大手ドラッグストアチェーン、ツルハホールディングス。同社では現在DXを推進しています。
ツルハホールディングスが進めるデジタルシフト施策とは?生活者の購入チャネルが多様化するなか、これからの小売業(リテール)は何を大切にすべきなのか。
今回は、メーカー・小売・金融など様々な企業のSNSプロモーション支援に携わってきたアライドアーキテクツ株式会社 プロモーション事業部部長 鈴木悠真が、株式会社ツルハホールディングスの小橋 義浩氏にお話をうかがいました。
この10年の変化で感じた、従来型小売業(リテール)ビジネスへの危機感
鈴木:まず始めに御社の事業内容、小橋様の業務内容について教えてください。
小橋氏:私たちツルハホールディングスは、ドラッグストア事業を営んでいる事業会社を統括管理する持株会社です。医薬品や化粧品だけでなく、日用雑貨を多く取り扱っている点が特徴で、現在は加工食品や生鮮食品なども取り扱っています。幅広い商品をできるだけワンストップでお客様に届けることを目指しているドラッグストアチェーンです。
小橋氏:その中で私は、経営戦略本部ならびに情報システム本部に所属しています。経営戦略本部では、ホールディングス全体の経営における長期ビジョン・中期計画の策定やM&Aの実施、デジタルシフトの推進などを担当しています。
また情報システム本部において、2,425店舗(2021年6月15日現在)に存在するすべてのレジスター上のPOSデータを集積する基幹システムの運用や、我々の仕事で使用するグループウェアなどを安定運用することも、私の重要なミッションの一つです。
鈴木:ここ10年、スマホの普及や通信環境の改善などを背景に、テレビの接触時間よりもスマホの接触時間の方が長いという世代もでてきています。様々な企業さんがそれぞれ変化を感じていると思いますが、小橋様のご担当領域ではどのような変化がありましたか?
小橋氏:まず1つ目はビジネス環境の変化です。10年前は、まだ進出していない地域に新店舗を出店し、安売りのチラシを配布すれば周辺のお客様が来店してくれる、という形で事業を成長させていくことができました。もちろん当時からIT活用やデジタル施策に着手されている企業さんもいました。しかし弊社の場合はそれを行わずともどんどん成長できる時期でしたので、どちらかというと気合と根性でやっていたイメージです。
ただ、ここ数年は、我々のビジネスにとっての新しい競合の出現や、企業規模の拡大によって利用しているシステムのキャパシティーが足りなくなってくるといった状況になってきました。このように、ビジネスを行う上での環境はこの10年で大きく変化したと思います。
同時に、お客様のメディア接触環境の変化も感じています。おっしゃる通りインターネット環境の改善やスマホの普及によって、これまで我々がとっていたチラシやDMといったコミュニケーションが届かないお客様が増えてきました。例えば、チラシを配布しても以前ほどの集客効果が得られなかったり、DMを郵送しても半分くらい戻ってきてしまったりということが起きています。
鈴木:これまで行なってきたプロモーション施策やコミュニケーションではリーチできないお客様がでてきたんですね。こうした変化に御社ではどう対応すべきだと考えていますか?
小橋氏:やはり新しい接点=デジタル上の接点を作っていかなくてはいけないと考えています。弊社が具体的にDXに取り組みを始めたのはここ数年のことですが、現在は急速に変化している最中です。
鈴木:小橋様自身、「デジタル上の接点創出に取り組まなくてはいけない」と強く思わされた具体的な出来事やエピソードはございますか?
小橋氏:Amazonの影響は大きいかもしれません。Amazonが急速に成長し世界規模のトップ企業になったのは、やはりITの力を利用して生活者を便利にしてきたからだと思います。生活者の求める便利さを提供して多くの支持を集めているAmazonを見ていると、今のままでは私たちの会社は無くなるかもしれないと感じました。
鈴木:なるほど。Amazonなどの台頭による変化にビジネスの危機感を感じながら、顧客のためにどうすべきかを考え、デジタルを活用した施策に注力されているんですね。
小橋氏:はい。私たちは会社を支える売上と利益は「お客様からの支持の指標」だと捉えています。お客様が私たちの会社に残ってもらいたい、頑張ってもらいたいと思っていただけるからこそ、その利益がもたらされるという考え方です。この考え方に則れば、Amazonの成長は求められるサービスをITを利用して提供することで、「お客様からの支持」を集めてきたということですよね。リアル店舗だけではなく、お客様が買い方の一つの手段、チャネルとしてインターネット上での購買を望んでいるのであれば、私たちの理論でリアル店舗だけを提供していてはお客様からの支持は得られないと思っています。
顧客目線を大切にする、ツルハドラッグのDX施策とは
鈴木:お客様の求めることを実現するためにDX、デジタル化施策に取り組まれている御社ですが、具体的にどのような施策に取り組まれているのか教えていただけますか?
小橋氏:デジタル接点という観点から我々が取り組んでいるものには大きく、「Twitter」「Instagram」「DMP」「アプリ」の4つがあります。
小橋氏:まず、Twitter・Instagramは、お客様との買い物以外での接点をもつための施策です。SNS上でカジュアルなコミュニケーションを継続的に行い、お客様に親みやすさを伝え、ツルハを日常的に気にかけてもらうことを目的としています。また、SNS上でツルハを検索した時に、どんな商品を取り扱っているのか、どんなお店なのかが伝わるような状態を作っておく目的もあります。
鈴木:アプリはもともとあったものをリニューアルされたと聞きました。
小橋氏:はい。デジタル上でお客様との接点を増やしていくと考えた時、お客様からの一番大きな要望がポイントカードのデジタル化でした。現在のアプリはこれを目的として以前あったものを数年前にリニューアルしたものです。
もともとのアプリはクーポン機能やチラシの代替となるようなものでした。しかし顧客目線での考え方が少々欠けていたために、なかなかお客様にご活用いただけていませんでした。アプリのリニューアルでは、まずお客様が今何に不便を感じているのか、どこに困っているのか、といったところを一個ずつ解決していくことを念頭に進めています。この考え方自体はAmazonのやっていることと、レベルの差はあれど向いている方向は同じなのでは、と思っています。
鈴木:顧客目線が徹底されているんですね。
小橋氏:そもそも私たちは、医薬品の販売から始まり、お客様の要望に合わせて取り扱い商品の幅を増やしてきたという背景があります。デジタル上の接点を増やしていくこと自体がお客様のニーズに対応するための施策ですし、そのためのひとつひとつの施策も、やはりお客様の要望があるからこそだと思っています。
現在、アプリにはポイントカードの他にも動画コンテンツの視聴や商品検索機能など多数の機能が搭載されていますが、これらの機能はすべてお客様の要望をもとに開発、加えられていったものです。反対に広告バナーの設置など、私たちの都合でお客様が望まないものについては、現段階においてはなるべく控えるようにしています。
鈴木:アプリのリニューアルにおいて特にこだわった点は何でしょうか?
小橋氏:アプリの開発に長い時間をかけてしまうと、出来上がったときにはすでに時代遅れになってしまう懸念がありました。そのため最初のローンチの段階では、お客様が一番望んでいる基本機能をなるべく早くご提供することに専念し、搭載するのはポイントカード機能やクーポン機能、店舗検索機能などシンプルな機能のみとしました。その上で、流動的なお客様のニーズや世の中のトレンドに迅速に対応しながら、半年、一年などのスパンで機能を増やしています。お客様が、使えば使うほどメリットを感じられる、そういったアプリを目指しています。
鈴木:長い時間をかけて設計したものを提示するのではなく、シンプルな機能で運用しながら、お客様のニーズやトレンドの変化に柔軟性とスピード感をもって対応されているんですね。
小橋氏:私たち小売業は世の中から「変化対応業」と言われています。もちろん、生活スタイルの提案という意味で、お客様に私たちがおすすめするものを知っていただくことは良いと思います。しかし、今お客様が欲しいと思っているもの、望んでいるものがある中で、その要望を否定して違うものをおすすめするのは、小売業のあり方としては違うのではないかと思っています。
鈴木:お客様のニーズに対応したいと考えていても、なかなかそれを知るための手段が分からないという企業さんもいらっしゃいます。御社はどのように実施していらっしゃるんですか?
小橋様 店舗運営部レベルではお客様にご参加いただいて覆面座談会を実施することもあります。その地域のお客様がドラッグストアに対してどう思っているか、ツルハに求めていることはどんなものなのか、どんな商品があったら良いかなどを知るための場として活用しています。
また、パート、アルバイトの従業員の方の意見も大切です。店舗で働いてくださっているパート、アルバイトの方々は潜在的にはお店のお客様だと言えます。これらの方々が売り場や売っている商品に納得できなければ当然その地域のお客様にも支持していただけません。現場に近い、店舗と身近な立場の人からのアドバイスや指摘は、私たちが売り場作りをしていく上でとても貴重なものです。
鈴木:続いて、DMPにいてお話を聞かせてください。
小橋氏:DMPは今まさに取り組もうとしている施策ですが、お客様が望むタイミングでお客様が望むメッセージを届けていくための取り組みです。お客様の様々なデータを分析してコミュニケーション施策に活用することを目指しています。分析するデータのなかには我々の持ちうる、顧客データなども含まれているので厳密に言えば、CDP(=Customer Data Platform)という言葉の方が近いかもしれません。
鈴木:分析したデータをもとに具体的にはどういったコミュニケーションを行なっていくのでしょう?
小橋氏:例えば、私たちが食品を扱っていることを知らないお客様もまだいらっしゃいます。そうした方達に食品を買っていただくには、まず初回利用のきっかけを作ることが大切です。そのため、1回目の購入を促すようなコミュニケーションをできればと思います。また、定期的に購入している商品があるお客様に対しては、次の購入のタイミングを予測し、その商品のクーポンなどをお渡しして来店につなげられればと思っています。
鈴木:DMP活用施策の中心にある「ツルハアドプラットフォーム」とはどういったものなのでしょうか?
小橋氏:たくさんの商品、たくさんの選択肢があるなかで、お客様の商品選択における判断基準は多様化しています。「テレビCMでよく見るから」、だけではなく例えば「環境に配慮した商品であるか」「どんな素材を使っているか」などお客様は色々な基準を持って日々商品を選んでいます。こうした時代においてお客様に支持してもらえる店舗であるためには、お客様の価値観を把握し、その価値観にあった商品を提供していくことが大切です。また、そのためにはそれぞれの商品の良さや中身についてきちんと理解し、適切な商品をご提案することが必要です。
「ツルハアドプラットフォーム」はお客様についての様々なデータを持ち、お客様を理解している私たち小売(リテール)と、商品についてその魅力や中身を一番理解しているメーカーさんとが手を組んだ施策です。お互いの長所を掛け合わせることで、それぞれのお客様に最適な商品を提案し、より満足していただける購買体験を創出していくことを目指しています。これがうまくいけば、小売(リテール)、メーカー、お客様の三者のメリットにつながっていくのではないでしょうか。
DXは商売の原点回帰を実現する手段
鈴木:ここまでお話を伺っていて、御社のデジタル化施策は、常に顧客体験の向上を目指すものだという印象を受けました。
小橋氏:私たちはもともと、薬店としてお客様に合わせたお薬を提供するところから商売を始め、店舗や取り扱い商品数を増やして事業を拡大していきました。そして今、顧客体験やひとりひとりのお客様と向き合うためにデジタル化を進めています。その意味では、私たちにとって現在のDXは「商売の原点回帰を実現する」ことであると言えます。
鈴木:DXというと、どうしても「DX」自体が目的にすり替わってしまう、というケースも見られます。御社の場合は、徹底して目的が「商売の原点回帰」であり、DXは手段だという姿勢が徹底されているんですね。
小橋氏:はい。実はDXという言葉を使うと、どうしてもそれを目的にしてしまう場合や、DXが何を指すのかという共通認識がもちにくいところがあります。そのため、私たちは社内ではあえてDXという言葉を使わず、「デジタルシフトをしましょう」という言葉をかけるようにしています。お客様にご提供するサービス、接点、バックオフィスから管理系のシステムなど、あらゆるものを「ひとりひとりのお客様と向き合うため」にデジタルシフトしていこうというのが、私たちの掲げるDXです。
小橋氏:同時に現在あらゆる面でデジタルシフトを進めていますが、それがお客様へ提供するものでも、私たちが使うものでも「いかに簡単に使えるか」は追求したいと考えています。どんな優れた技術であっても、分かりにくく使いづらければ、長期的に運用していくことは難しいですし、「顧客目線に立っている」ことにはなりません。簡単な操作なのに便利で使えるものが出てくる、といったようなことを実現できればと思います。
鈴木:ありがとうございます。最後に今後の展望についてお聞かせください。
小橋氏:世の中は刻一刻と変化していますので、これからどうなっていくのかはわかりません。しかし私たちは長期ビジョンとして世界中に2万店舗、グループの売上総額6兆円という目標を掲げています。私たちがずっととりくんできたこのドラッグストア事業の規模をさらに拡大させ、世界中に私たちが考えているサービスを届けていきたいと思っています。
鈴木:やはり核となるのはドラックストア事業なんですね。
小橋氏:ドラッグストア事業といっても、例えば10年前15年前に思っていたドラッグストアの形と今のドラッグストアの形は違いますし、それは5年後10年後も同じです。変化やトレンドをに沿って、その時々のお客様の目的にあったドラッグストアを提供できるよう柔軟に対応していきたいと考えています。
また、買い物には買い物自体を楽しんでいる時と、必要に迫られている時の2種類あると思っています。お客様の時間があるときには楽しい購買体験を、必要に迫られている時には簡潔でスムーズな購買体験を、お客様が来店される状況に合わせてご提供できる店舗作りができれば理想です。