メールマーケティング

人口の減少、EC参入企業の増加や、広告に関する各種規制強化など、EC/D2C企業にとって新規顧客獲得の難易度が上がる中、いかに既存顧客の「LTV」を伸ばすかが大きなテーマとなっています。そして、LTVを伸ばすためのCRM施策の一つとして、各社が古くから取り組んでいるのが「メールマーケティング」です。

近年、メールに関するテクノロジーは大きく進化していますが、その一方で、企業側からは従来行っているメルマガのやり方から抜け出せない、既にさまざまな施策をやり尽くしていて新たな打ち手が見えないなど、メールマーケティングに関するお悩みの声も聞かれます。

そこで今回は、株式会社WACUL 執行役員CMOを務めており、メールマーケティングエバンジェリストとして多数の企業のメールマーケティングの支援実績をお持ちの安藤 健作氏に、「LTV重視」の今、EC企業が押さえておきたいメールマーケティングの鉄則についてお話を聞きました。

EC企業によるMAツール導入が加速するも、「使いこなせている企業」はまだ少数派

ーまずはこの数年のメールマーケティング市場の変化について教えてください。

安藤氏:
この数年で、MA(マーケティングオートメーション)ツールが一気にスタンダードなサービスとして企業に浸透し始めています。

特にBtoC向けサービスを展開する企業は、こうした新しいツールを使うことにどん欲です。他社が実践している様子を見て「自分たちもやらなくては」とスタートを切る企業が増えています。購入した商品に関連する商品が自動表示されたり、メールを見た後にその次のアクションが自動的に行われるシナリオが設定されたりしているメールを頻繁に見るようになりました。

ECカートシステムの技術が進化し、例えば「カゴ落ちメール()」などをボタン一つで設定できるようになったことも、EC企業にMAへの取り組みが浸透し始めた背景にあると思います。

(※)カート内に商品を入れたままになっているユーザーへのリマインドメール

しかしながら、MAに取り組んではいるものの、それを駆使してしっかりメールマーケティングを実施できている状態と言える企業は、実はまだそれほど多くありません。EC企業全体の2割程度という肌感です。MAツールを導入しても、結局リードに一斉メール配信しかしていないという企業も多いのが現状です。

安藤氏
株式会社WACUL 執行役員CMO 安藤健作氏
新卒で小売業に勤めた後、2006年に株式会社ラクスに入社。2016年から本格的にメールマーケティングの分野への取り組みを開始し、2022年6月までの6年間に渡りメールマーケティングサービス「配配メール」の総責任者を務める。2022年7月に株式会社WACULに入社。メールマーケティングエバンジェリストとして、Twitterやnoteにおいてメールマーケティングに関する情報を継続的に発信している。共著『現場のプロが教える! BtoBマーケティングの基礎知識』(マイナビ出版/2022年4月)。

ーMAを使いこなし、しっかりメールマーケティングに取り組めている企業とそうでない企業の違いは何なのでしょうか。

安藤氏:
一番大きな違いは、メールマーケティングに対して正しい目標が設定できているかです。メールで成果を上げられない企業は、そもそもメールに対する期待値を整理できていなかったり、経営層からの理解も得られず正しい投資ができていなかったりする場合が多いです。

その裏側には、「果たしてメールマーケティングをやって儲かるの?」に対する明確な回答を用意できていないことがあります。「メルマガから月間でどれくらいの売上を目指している」とすぐに答えることができないのです。そうなると、「もっと上手くやりたいからMAツールを入れたい」「メールマーケティングに時間や人を投資したい」と言っても、経営層もなかなか首を縦に触れないですよね。

メールマーケティングで成果を上げたいなら、まずは目標を正しく設計することがもっとも重要だと思います。

メルマガの各種目標の設定に必要なのは、「売上」からの逆算思考

ーメールマーケティングにおける目標設定の仕方を教えてください。

安藤氏:
まずは使っているツールの費用くらいはカバーしようという話をすることが多いですね。例えばMAツールが月額10万円であれば、その費用をカバーするためにどれくらいの売上を立てればよいか?から始めることをお勧めします。あるいは「全体の売上の中の何パーセントをメールマーケティング経由で取りたいか」から逆算する方法もあります。

安藤氏

ーメール経由の売上目標が決まった後に、設定するべき指標は何ですか?

安藤氏:
メールマーケティングにおいては、一般的に以下5つの指標があります。

①配信成功率:配信リストの中で、エラーにならずに相手に届く割合

配信成功率は95%以上が一つの目安です。BtoC企業に多いのが、お客様が携帯キャリアを変えたなどの理由でメールアドレスが不通になるケースです。配信先のメンテナンスを行って、配信成功率95%以上を保つことを目安にしましょう。

②開封率:メール受信者の中で、実際にそのメールを開封した人の割合

開封率は信頼できる数値ではなくなってきています。もともとHTMLメール形式で開封した人しかカウントされなかった上に、最近のApple社のセキュリティポリシーのアップデートで、iOSを使っているユーザーについては、実際は開封していなくても全て開封されたかのようにデータが返されてしまいます。この流れはGmailにも来る可能性があり、そうなると開封率はもうあまり意味がない指標と言えます。

③クリック率:メールコンテンツの中にあるURLをクリックした人の割合

クリック率が最も重要な指標で、1%が目安です。メールを読んで気になったリンクがある場合にクリックされ、その先の商品ページ等で購入(コンバージョン)されます。

商品ページのCVR(コンバージョンレート)から逆算して必要なクリック数はどれだけか、そのクリック数を得るために必要なリストの件数や配信回数はどれくらいか…と逆算思考で各指標の目標を作っていくことが重要です。

④反応率

反応率はクリック率と似ているのですが、分母が「開封数」になります。つまり、メールを開いた人のうちどれくらいの人がクリックしたのかということを表しており、メールの反響指標として計測します。目安は5%以上です。

⑤購読解除率:メール受信者の中で、メールの購読解除をした人の割合

購読解除率は、0.25%未満が目安です。これ以上の数値になってしまった場合は、どんな人が購読解除したかの実態をしっかり見てみるべきです。

メルマガKPI

こうした目標設定をしっかりできている企業は、かなり限られています。「開封率とクリック率だけはずっと計測しており、このメールは反応が良かった/悪かった」は見ているものの、売上から逆算して手前の指標を定め、メールがその先の売上にどこまでつながっているのかまで見ている企業はまだまだ少ないです。

「目標設定をしなくてもある程度売上が立っているから細かく見る必要はない」という企業は、もちろんそれでよいと思います。他にもやるべきマーケティング業務はたくさんあると思いますから。ただ、「メルマガ経由の売上がどれくらい立っているか分からない」という状態であれば、まずはしっかり目標を立てるべきですね。

販促メールマーケティングのよくある誤解

①「購読解除=悪」である

ーto C向けの販促メールマーケティングにおいて、各社が抱えがちな課題や良くある誤解を教えてください。

安藤氏:
「どれくらいの配信頻度であれば購読解除されないですか?」とよく質問されます。ただ、これには一つ大きな誤解があるのです。
この質問の背景には「メルマガは購読解除されてはいけないもの」という考えがあると思いますが、そもそも購読解除にも「されてはいけない購読解除」と「されても良い購読解除」があるのです。

例えば、私は先日ある女性向けのアクセサリーショップで家族への誕生日プレゼントを購入し、その後毎週のようにメルマガが来ていたのですが、つい先日購読解除しました。そのショップ側からは「一人のお客様を失った」と思われているかもしれませんが、私は本当にたまたま今回はそのショップで誕生日プレゼントを買っただけで、来年はきっと別のものをプレゼントします。ですので、おそらくそのショップをリピートすることはないのです。そのため、私をメルマガのリストに残しておく意味はないんですね。これは「されても良い購読解除」です。

一方で、ショップを気に入ってよくリピートしていただいているお客様から「全然関係ない話ばかり来るようになった」ことを理由に購読解除されてしまった場合。これは「されてはいけない購読解除」です。

同じ「購読解除」を一緒くたにするのではなく、その内容を見極める必要があります。毎回分析していると労力がかかりすぎますから、先ほどご紹介した指標「購読解除率0.25%」を一つのベンチマークにすることをお勧めします。購読解除したユーザー層が購入から遠い層であれば気にしなくて良いですし、ロイヤルユーザーが多いのであれば、解除されてしまった理由の仮説を立てて改善していけばよいと思います。

安藤氏

②購読解除が起きる主な理由は「頻度」の問題である

安藤氏:
先ほどの「どれくらいの配信頻度であれば購読解除されないですか?」という質問の裏側には、「メール配信を頻回に行いすぎる=購読解除につながる」という考えもあると思います。

なぜ「されてはいけない購読解除」が起きてしまうのか…その理由は一つしかありません。配信頻度ではなく、「メールのコンテンツが読者の求めるものではなくなっている」ただそれだけなんです。

例えば、私はプロレスのファンですが、仮にプロレスに関するメルマガが一日に三回来たとしても購読解除はしません。しかし、仮にそのプロレス団体と同じ傘下にテニスがあり、毎回テニスの話ばかりが来るようになったら、その情報は必要ありませんから購読解除するでしょう。

これはBtoCでは本当によくあるパターンなのです。例えば男性や女性の区別がないもの。子供の年齢に合わない商品をお勧めしてくるものなど。こういったメールは、明らかに「余計なメール」です。お客様データとメールマーケティングのセグメントを連携していないから起きてしまう問題だと思います。

お客様に対して役に立つコンテンツを配信できるのであれば、メールの配信頻度は問題になることはないのです。

③毎回のメールコンテンツをできるだけ充実させるべきである

安藤氏:
力を入れて「お客様の役に立つコンテンツ」を作ろうとするも、ネタ切れしてしまい困っている…そんな声も良く聞かれます。そういう方は、毎回のメールコンテンツにできるだけ情報をたくさん載せて充実させようとしているのではないでしょうか。

様々なメールを分析した結果、リンクは必ず上から押されていくことが分かっています。メールの下の方に行けば行くほど、クリック数は半減していくのです。特にスマートフォン経由の場合は、リンクをクリックするとアプリがメールからブラウザに切り替わるため、一度クリックされたらもうメールには戻ってきてくれないと思った方が良いでしょう。

メルマガコンテンツクリックの割合

つまり、一つのメールの中で、例えば「スカート」も「カーディガン」も両方のコンテンツを送ってしまうのはもったいないのです。一通の中に複数のコンテンツを散りばめるよりも、一通ずつ分けたほうが成果は大きくなります。ネタ切れを防ぐ意味でも、一つのメールには一つのコンテンツとした方が良いのです。

販促メールマーケティング成功の鉄則

①自社の型を作り省エネで運用する

ーto C向け販促メールマーケティング成功の鉄則を教えてください。

安藤氏:
メールマーケティングの良いところは投資対効果に優れていることです。人手をかけすぎずに成果を上げられればこそ「メールマーケティングの成功」と言えると思います。

そのためには、まずはメルマガにおいて自社の「型」を作ることが重要です。件名や写真・画像などを差し替えるだけでコンテンツが配信できる状態を目指すことです。毎回背景の色やレイアウトを変える必要はありません。

また、成功しやすいメールの型も大体決まっています。まずは「スクロールの必要がないファーストビューに目的となるCTAを置く」が鉄則です。

良い例・悪い例
(左)良い例:ファーストビューの一番目立つ場所に目的となるCTAが置かれている
(右)悪い例:ファーストビューの一番上がグローバルナビ。他にも複数のコンテンツがありクリックが分散してしまう。

②自社に求められるコンテンツは何かを見極める

安藤氏:
BtoC向けの販促メールにおいて、売れる理由は大きく分けて「他社より安い」か「そこでしか買えない」かのいずれか
です。他社より安いことを売りにしているのであれば、セールスのメールを送ればいいですし、ここでしか買えないことを売りにしているのであれば、その商品についてもっと語るべきです。重要なのは、お客様が自社に何を求めているかを見極めてコンテンツ内容を決めることです。

③セグメントは「絞る」ことが大事

安藤氏:
セグメントは必ず行うべきですが、どこまで適切に絞れるかは担当者の胆力にかかってきます。「女性ものの洋服を買う男性もいるから」と男女の区別をせずにメルマガを送るケースがありますが、果たして女性ものの洋服を買う男性は全体の何パーセントほどいるでしょうか。多くの人に一度に訴求しようとすると、かえって誰にも響かないコンテンツになってしまいます。少数派はセグメントに入れない勇気も大切なのです。

基本に忠実であることが、メールマーケティング成功への一番の近道

ー今後のメールマーケティングの展望を教えてください。

安藤氏:
メールマーケティングの領域にも、さまざまな最先端のテクニックが存在しますが、それを追うよりも大切なのは、自社のお客様に向けて毎日一つずつでも役立つコンテンツを出すことです。それがベストプラクティスであり、メールマーケティング成功への一番の近道だと思います。

今日ご紹介したメールマーケティングの良くある誤解や成功の鉄則を参考に、メールマーケティングからいかに成果を上げられるか科学してみてください。