EC×デジマ談義 前編

媒体単価の上昇、Googleのアップデート・Yahoo!の機能表示制限・ITPによる脱Cookie依存、各媒体の審査厳格化。デジタル広告市場は今、激しい変動の中にあります。
「新規獲得効率が悪化し続けているが、有効な打ち手が見当たらなくて困っている」とお悩みのEC企業マーケティング担当者も多いのではないでしょうか。

アライドアーキテクツでは、こうしたお悩み解決のヒントを探すべく「新規獲得広告が厳しくなる時代にEC企業が打つべき施策とは」をテーマにセミナーを実施。大地を守る会、マナラ、VELTRAという異業界のEC企業3社の取り組みについて、シンクロ西井氏をモデレーターにむかえてディスカッションが行われました。

今回はこのセミナーのレポートを前後編の2回に分けてお届けします。
前半では、昨今のデジタル広告市場に起きた変化についておさらいし、登壇3社の近年の新規獲得施策についてお聞きしました。

モデレーター
・株式会社シンクロ 代表取締役CEO 西井 敏恭氏

パネリスト(五十音順)
・株式会社ランクアップ システム部 井上 真美氏
・ベルトラ株式会社 海外旅行事業部マーケティング部 マーケティングディレクター 堀端 勲氏
・オイシックス・ラ・大地株式会社 大地を守る会 宅配事業本部 副本部長 吉川賢治氏

この数年のインターネット広告市場におきた変化とは?

西井氏:本日はEC×デジマ談義ということで、「新規獲得広告が厳しくなる時代にEC企業が打つべき施策とは?」をテーマにディスカッションしていきたいと思います。

まずは自己紹介からです。私が本日のモデレーター、株式会社シンクロ代表取締役の西井と申します。EC事業にはもう20年ほど携わっており、この20年その動きをずっと見てきました。現在はシンクロと同時に、吉川さんと同じオイシックス・ラ・大地で執行役員も務めています。本日はよろしくお願いいたします。続いて井上さん、お願いします。

EC×デジマ談義 シンクロ 西井氏
株式会社シンクロ 代表取締役CEO 西井 敏恭氏

井上氏:株式会社ランクアップの井上と申します。私は2014年に入社し、宣伝部でウェブや紙の広告を担当していました。現在はシステム部にて、デジタル施策を強化し、様々な施策をうつための調整業務にあたっています。

私たちは、マナラ化粧品という化粧品ブランドを展開しており、主力商品はホットクレンジングゲルという温かくなるゲルタイプのクレンジングです。ホットクレンジングゲルは10年以上ご愛顧いただいており、現在売り上げ総数1200万本を達成しました。商流は通信販売が中心でもともとはオフラインが強かったのですが、ここ最近はオンラインも拡大してきました。本日はどうぞよろしくお願いします。

EC×デジマ談義 ランクアップ 井上氏
株式会社ランクアップ システム部 井上 真美氏

西井氏:よろしくお願いします。続いて、堀端さんお願いします。

堀端氏:ベルトラ株式会社でマーケティングの責任者をやっております堀端と申します。本日はよろしくお願いします。私は新卒の頃よりマーケティング畑におりまして、デジタル広告には2007年から携わっています。

ベルトラは旅行業界で、オプショナルツアーや現地ツアーを販売している会社です。昨今は旅行の際に、ホテルや航空券を個人で手配される方も多く、大手旅行会社さんのツアーでも自由行動時間が多いものが増えています。こうした自由度の高い旅を選ぶお客様に向けて、現地で体験できるオプショナルツアーやアクティビティを、オンラインで予約できるサービスをご提供しています。

EC×デジマ談義 ベルトラ 堀端氏
ベルトラ株式会社 海外旅行事業部マーケティング部 マーケティングディレクター 堀端 勲氏(オンラインにてご登壇いただきました)

西井氏:ありがとうございます。では吉川さんお願いします。

吉川氏:オイシックス・ラ・大地株式会社の吉川と申します。よろしくお願いします。我々はオイシックス、らでぃっしゅぼーや、大地を守る会という3つの会社が一緒になった会社です。私はもともとオイシックスで新規の販促周りを担当していましたが、現在はその中の今は大地を守る会事業の全体をみております。

オイシックス、大地を守る会、らでぃっしゅぼーやはそれぞれ食材配達事業を行なっているのですが、それぞれお客様像が異なります。例えばオイシックスは、働きながら子育てをする忙しいパパママに向けた時短食材が人気です。一方大地を守る会は、野菜中心の健康的な食生活を送りたいというお客様が多く、お客様の年齢層もオイシックスよりは少し高めです。

EC×デジマ談義 大地を守る会 吉川氏
オイシックス・ラ・大地株式会社 大地を守る会 宅配事業本部 副本部長 吉川賢治氏

西井氏:ありがとうございます。早速ですが、まず1つめのアジェンダ、「広告市場の変化」についてです。いわゆる新規獲得施策には広告を使う場合が多いので、ここ数年の広告市場に起った変化について振り返り、現状の把握をしていきたいと思います。

まず、インターネット広告市場ではここ数年、CPCが高騰傾向にありますよね。このあたり井上さんは実感されていますか?

EC×デジマ談義 SNS広告のCPC推移
SNS広告においても、2016年〜2017年頃に比べ2019年は平均で2倍ほどに上昇している。
(アライドアーキテクツ社・広告運用実績調べ)

井上氏:そうですね。高騰傾向は実感しており、CPCを安くするよりもいかに現状を維持できるのか、という認識になっています。

西井氏:そうですよね。この背景には、今までデジタル広告には出稿していなかったような企業が、デジタル広告に力を入れるようになってきたこともあると思います。また、ここ数年では各媒体で様々な仕様変更やポリシー変更が行われています。

まず2017年9月のSafariのサードパーティーのCookieの制限に始まり、各ブラウザでのCookie制限が強まっています。これによって効果計測やリマーケティング広告に影響が出ていますね。そして、2017年12月には、Googleで健康関連に関する検索順位のアップデートがありました。SEOをやっていない会社でもこれを機にアフィリエイトからの広告獲得施策がとても難しくなってきたと感じているのですが、吉川さんいかがですか?

吉川氏:そうですね、アフィリエイトでは若干影響をうけました。その頃からある程度ブランド側で配信量をコントロールできるSNS広告にもきちんと取り組まなくてはいけないという意識が高まった感じがします。

西井氏:確かにアフィリエイトはどちらかと言うとある程度お願いしてやっていただくことが多いですが、そうではなく自社内で取り組める施策への関心が高まったように思います。そして2018年の12月に広告をブロックするアプリが流行したということがありました。僕はあまりここ体感していないんですけど、堀端さんはどうでしょうか?

堀端氏:若干リマーケティングのインプレッションが減った印象がありますが、そこまで大きな打撃ではなかったです。

EC×デジマ談義 インターネット広告市場 トピックス
この数年にインターネット広告市場で起きた代表的なトピックス。これ以外にも大小様々な変化があり、インターネット広告市場は変動の時代にあると言える。

西井氏:さて、ここまでざっと振り返ってきましたが、広告市場をとりまく変化でもうひとつ。最近のトピックとして一番大きかったのは2019年、ついにインターネット広告費がテレビメディアの広告費を上回ったというものです。このニュースが一般化したことで、今更感もありますが(笑)、いよいよデジタル施策に取り組まなくちゃという声も聞きますが、井上さんはいかがでしょうか?

EC×デジマ談義 2019年日本の広告費
(参照)電通「2019年日本の広告費」

井上氏:そうですね。弊社はもともとオフライン施策が強かったので、施策の起点もオフラインから考える傾向がありました。しかしこの発表を受け、いよいよきちんと取り組まなくてはいけないという意識がより一層高まったと感じています。

西井氏:ありがとうございます。インターネット広告の予算がテレビメディアの予算を上回ったことが物語るように、インターネット広告に予算を投下する企業が増えました。その結果CPCは高騰傾向にあり、新規獲得に広告を活用しているEC企業にとっても大変厳しい状況です。また各媒体の掲載基準などの変更も相次いでおり、インターネット広告市場はまさに激変の時代ですね。

初回購入のROASからLTVへ。指標とともに売り方も転換/マナラ化粧品

西井氏:さて、このように広告市場の変化が激しく競合面でも厳しくなっているなか、この3〜5年にみなさんがどのような新規獲得施策に取り組まれているのかお話しいただきたいと思います。井上さんはいかがでしょうか?

井上氏:そうですね。ここ数年新規購入促進を目的とした広告においては、「いいクリエイティブを作る」や「いい配信面を見つける」という努力だけでは対応できなくなってきたと感じています。そのため弊社では、1人のお客様により長く商品を使っていただく、つまりLTVを上げていくことを考え、その1つとして、新規の場合の広告指標を変更しました。

もともと新規の購入促進を目的とした広告では、初回購入時の売り上げと初回にかかった広告費のROASを指標に広告を運用していました。しかしこの指標では、初回購入時の売り上げを最大化するため、まとめ買いを促すことに偏りがちです。ただ、弊社の商品は1本の使用期間の目安が2ヶ月なので、例えば3本買っていだくと半年分になります。そうすると、その6ヶ月の間に商品の定期購入者になっていただくためのタッチポイントがとても作りにくかったんです。

会社にとってもお客様にとっても定期購入はメリットがあることですので、単品購入ではなく定期購入へつなげるコミュニケーションはとても重要です。そこでまずはまとめ売り偏重にならぬよう、指標を売り上げ額ではなく新規購入者の人数であるCPAに変更しました。さらにLTVを高めることをより重視し、現在は定期購入への移行人数を示すCPOを指標に加えながら広告を回しています。

西井氏:広告指標を変えていったことによって、ビジネスはどう変わりましたか?

井上氏:一番大きなところですと、商品の売り方が変わりました。指標の変更を行なったことで、新規購入をみていくチームでもCPOや、LTVまで考えるようになりました。すると、初回で本品を買っていただくよりもお試しセットを購入していただく方がその後定期購入者になっていただきやすいということがわかり、お試しセットの購入を案内する施策が拡大しています。

西井氏:それまでお試しセットを訴求する広告には取り組んでいなかったのでしょうか?

井上氏:テストは始めていました。ただ、ROASを指標にすると初回購入時の売り上げ額にフォーカスしてしまいますので、本品を売るためのコミュニケーションに集中し、本品より安価なお試しセット訴求は行いにくいと感じていました。CPAを指標にしたことでお試しセット訴求施策を拡大でき、この訴求がLTVが高く長期的に良いと評価されたからこそ、CPOをみるようになった面もあります。

西井氏:ありがとうございます。マナラさんはここ3〜5年で、新規獲得広告の指標の変化と、売り方の変化があったということですね。

アトリビューションモデルを見直して広告費用配分を最適化/VELTRA

西井氏:続いて堀端さんはいかがでしょうか?

堀端氏:我々のビジネスモデルでは「お試し」という施策が打てませんので、コンバージョンとしているツアーの予約にどうつなげるのかが大切です。そのなかでこの数年は、アトリビューション(※1)に対しての考え方が変わってきました。

我々は3年ほど前までは、ラストクリックアトリビューション、つまりコンバージョンに至った最後の媒体を評価していていました。ですが現実的には、お客様は最後の媒体以外にも様々な媒体を経由してコンバージョンにいたっています。

特に旅行業界では、人生に1回しかいけない土地に訪れる場合も多く、お客様はその吟味に大変時間をかけています。実際、我々のツアーを予約されたお客様のおよそ50%が、30日以内に我々のサイトに6回以上訪れているというデータもとれております。

こうした背景から、ラストクリックだけではなく、最初のタッチポイントやミドルファネルで有効的な媒体をしっかり評価し、広告費用配分の最適化をして効率的に獲得を実施しようと考えるようになりました。

西井氏:ラストクリック以外の評価はどういった形で行なっているのでしょうか?

堀端氏:我々はDDA(※2)、データドリブンアトリビューションを活用しています。

EC×デジマ談義 アトリビューションモデル
LC=ラストクリックの略。ベルトラ株式会社ではラストクリックでのROASだけではなく、DDAを用いて媒体を評価することで、広告費用の最適化施策を行なっている。

堀端氏:たとえば、リマケ広告媒体である媒体CとRを比べると、媒体Rはラストクリックでは媒体Cに少し劣るものの、DDAでは施策効果が高く、ミドファネルに効果的であることがわかりました。

もう少し詳しくみると、旅行業界は季節の影響を受けますので、繁忙期の7、8月は閑散期に比べて売り上げが倍くらい違うんです。媒体Rはこうした変動の激しいなかでも安定的に高いパフォーマンスを出していることがわかりました。ラストクリックだけではなくDDAを見ることで、媒体の評価の精度をあげて適切な広告を打つことができます。

西井氏:なるほど。面白いですね。

堀端氏:また、旅行の計画を立てる際、ブログをつかって情報収集をする人は多いと思います。ただ、それは最初のタッチポイントからミドルファネル段階での接触で、ラストクリックにはなりにくい傾向があります。そうすると、ラストクリックを成果報酬としていた一部のアフィリエイト媒体のブロガーさんからは、「自分のブログを経由しているのに、なぜ報酬が発生しないのだ」といったご意見もでてきます。

そこで我々はDDAを導入してラストクリック以外のアクションが発生した媒体の評価しました。そして、その貢献度に応じて追加で報酬をお支払いするようにしました。そのおかげで最近ではブロガーさんによる紹介も増えてきています。

西井氏:ありがとうございます。ラストクリック以外に接触された媒体を正しく評価することで、広告費の振り分けを最適化し、効率的に新規獲得ができるんですね。

※1)アトリビューションとは:直接成果につながった流入経路・広告だけではなく、成果に至るまでのすべての接触履歴を解析し、成果への貢献度を測る取り組みのこと
<詳しく知りたい方はこちら>「アトリビューション」とは?今知っておきたい旬キーワード!

※2)DDAとは:コンバージョンに至るまでの間に蓄積されたデータを活用し、どの媒体やどんなコミュニケーションがコンバージョンに影響しているのかを分析し、貢献度を割り当てること。

カスタマージャーニーから正しい指標を導きだす/大地を守る会

西井氏:続いて吉川さんお願いします。

吉川氏:はい。我々も最近はやはりLTVを意識するようなことが増えてきています。そのため、カスタマージャーニーをベースに指標を考えるケースが増えてきました。お客様の体験とそれに影響されたアクションが発生するまでには時間差があります。LTVを高めることを重視した時、カスタマージャーニーを描くことでその時間差を可視化できます。その結果、正しくKPIの設定が行えるようになりました。

EC×デジマ談義 大地を守る会 カスタマージャーニー
吉川氏による大地を守る会事業のカスタマージャーニーを簡略化した図。

吉川氏:これまで我々は、いかに効率的に定期登録へつなげるのかをずっと考え、それを指標にしてきました。しかしLTVを上げるためには、ビギナー期間のLTV、つまり「定期入会直後の一定期間での購入金額や頻度」がキーではないかと考えるようになりました。そしてビギナー期間のLTVには、定期入会後の体験だけではなく、定期入会前のお試しセットの満足度や広告のチャネル、訴求などが大きく影響しているということがわかってきました。

西井氏:なるほど。どこの体験がアクションに寄与しているのかが、カスタマージャーニーを描くことで明らかになってきたんですね。

3社さんとも、市場の変化に対応して、広告の評価指標や評価方法など、大きな変更をされています。こうした施策の転換は社内外の調整含めて簡単ではないですよね。施策の転換を進めて行くために特に気をつけたポイントはありますか?井上さん、いかがでしょう?

井上氏:そうですね。私たちは、LTVの重要性について、自分たちでカスタマージャーニーを描いたり、そのために実際にお客様にお会いしてみたりして、きちんと実感をもつようにしました。そしてこの実感をもって、LTVの大切さ、そのために指標の変更を行うこと、それはすべてファンを大切にしたい思いがあるということを、私やオフラインの担当者含め、何度も社内やお取引先様に語り続けて理解いただく努力をしてきました。

西井氏:ありがとうございます。堀端さんはいかがですか?

堀端氏:我々は、まずは正しい現状把握をしました。その結果、先程も話しましたが旅は検討までの期間が長く、コンバージョンに至った方の約半分の方が30日以内に6回以上、さらにその中の20%くらいの方は、30日で15回以上我々のサイトに訪問していることがわかりました。

この現状を踏まえると、1回の予約に至るまでに非常にたくさんのサイト訪問があることから、ラストクリックアトリビューションだけでは正しい評価に限界があるよねということになり、DDAの導入に至りました。経営陣含めた社内の理解にはこうした現状のデータを示すことも大切だと考えています。

西井氏:ありがとうございます。吉川さんはいかがですか?

吉川氏:指標としてのLTVの重要性については理解が得られやすいですが、やはり難しいのはそれを実際に運用して成果を上げることです。そのために大切なのは、新しい指標と解決すべき課題や仮説をセットにすることだと思います。たとえばLTVを上げていこうという時に、「お客様のこの体験が大事だからこの改善をしよう」という共通認識をもつことで、成果があがりやすくなったと感じています。

西井氏:なるほど。やはり社内の理解を得て施策の転換を進めていくためには、定性・定量両方の根拠や理由をきちんと見せながらやっていくことが大切なのかもしれないですね。

後編へ続く:EC企業3社に学ぶ。施策を効果的に行うために、EC企業がいま持つべき視点とは?【EC×デジマ談義 セミナーレポート/後編】