ちょうど一年ほど前、iPhone盗難というハプニングを契機に中国で一躍人気者になってしまった米国人男性の記事が話題になりました。もしまだ読んでいない方がいたら、ぜひご一読を。中国で“ブレイク”するインパクトの大きさが理解できる話です。
●盗まれたiPhoneを追って中国まで行ったら、セレブになった話 第三章(BuzzFeed)
バーで盗まれたiPhoneの新たな所有者となった中国人男性の写真がフォトストリームに現れるようになった米国人のマット。一連の出来事をネット媒体の記事にしたところ中国で話題になり、写真に写っている男性の身元も瞬時に判明。そしてその男性からの招待で中国に渡ると、空港で待ち構えていたのは多数のメディアのカメラとファンたち。「こんなこともあるのか!」と驚かされます。
でもきっと不思議に感じた方も多いでしょう。
盗難iPhoneが中国で転売されるのは決して珍しいことでもなく、またいわゆる「人肉検索」と呼ばれる、多数の匿名ネットユーザたちが協力し合って特定の人物や事件真相などを突き止めるということもよくある話です。マットはなぜここまで有名人になったのでしょう。
そのヒントは、飛行機内で出会ったファン女性の手紙の中にありそうです。
「私はあなたのウェイボーを毎日みていて、本当に楽しませてもらっています。あなたの動画は面白くて、大好きです。」
そう、マットは中国でホットな話題となっていたタイミングで、主舞台となっていた微博(ウェイボー)に自身のアカウントを開設していたのです。そして写真や動画を投稿し始めました。学校の授業で英語の先生がマットの微博を見せてくれたという人の投稿もありました。もともとBuzzFeedで話題記事も多く執筆しているマット。そのウィットに富んだ動画投稿が、言葉の壁を越え中国でも大受けしたことが想像できます。きっかけは盗難iPhone事件でしたが、微博を通じて彼は、中国の「網紅(ワンホン)」つまり人気ネットタレントのひとりになったのです。
現在中国では数多くの網紅(ワンホン)が誕生し、ネット上での情報発信によって収入を得ています。中には中国の平均月収の数十倍から百倍以上を稼いでいる人も。彼らの多くが活用しているのはネット動画で、特にここ数年は「直播」つまりライブ配信がヒートアップしています。淘宝・天猫といったショッピングモールでも、ライブ配信を使った最先端の販促手法が導入されました。
今回は中国の「ネット動画」そして「ライブ配信」のプラットフォームを見ていきます。
ドラマも映画も見放題!中国の動画配信サービス
●优酷(優酷/ヨウクー)
http://www.youku.com/
“中国版YouTube”とも言われる動画サイトがここ。
2012年に同じく大手動画サイトの「土豆(トゥドウ)」を買収し、現在は優酷土豆という会社になりましたが、サイトは今もそれぞれ別建てで存在しています。
中国の動画サイトの実態には多くの日本人が驚愕します。というのも、ドラマや映画が無料で見放題になっているからです。もちろん流石に封切直後の映画などはありませんが、ドラマは比較的最近のものまで膨大な数の作品が無料で公開されています。さらに中国大陸のドラマにとどまらず台湾、韓国、日本、米国のドラマや映画、アニメまで幅広く。中国のTVドラマは一般的に日本より高頻度・長期間放送され、40話・50話は当たり前。全話一括ダウンロードして観ることもできるので、はまるドラマに出会うと徹夜の連続になってしまい少々危険なほどです。
日本のドラマやアニメ、映画も見放題となっており、大学生など若い人中心に大人気です。
深夜帯アニメなども、日本人以上に観ている人口が多いのではと思われるほど。日本であればそうした深夜帯アニメもTVドラマも、もし毎週の放送時間に観ることができなければ録画しておくか、各テレビ局やGyaoなどの有料ネットオンデマンドを利用して観るしかありませんが、中国ではいちいち録画する必要もなく、観たい時にいつでも全話まとめてダウンロードできてしまう。週末になるたび、日本の人気ドラマを全話通しで一気に視聴なんていうツワモノも現れるほどです。
ちなみに直近で最も再生回数が多かった日本のドラマを見てみると・・・
●日本のドラマ再生回数が多い順ソート(優酷)
なんと「深夜食堂」の3シリーズ。舞台は新宿の路地裏にある小さな食堂、そこを訪れる個性的な客たちとマスターの交流を描いた、派手さはないけど味わい深いドラマです。そしておしん。2013年に放送された半沢直樹も中国でヒットしました。当時中国に滞在していた時よく、「バイガエシダ!」などと言われたものです。
●日本のアニメ再生回数が多い順ソート(優酷)
アニメはさらに多くの再生回数をはじき出しており、「火影忍者(NARUTO -ナルト-)」はトータルで33.4億回の再生回数になっています。気が遠くなる数字ですね。
もちろん、ドラマ・アニメだけではありません。ドキュメンタリーやニュース、ノウハウものなど動画のジャンルは多岐にわたります。
例えば「出境游」つまり海外旅行のカテゴリを見てみましょう。
●出境游(優酷)
タイトルに日本という単語が入ったものを探していたのですが、飛び込んできたのは意外にも「青森小旅行」「埼玉動物編」とローカルもの。
青森は、ご存知の方も多いかもしれませんが、微博活用PRの成功事例としてもよくとりあげられる県です。
留学生だった小梦(モンちゃん)が主人公で、青森各地を訪れ、グルメや伝統文化、スポーツや農業体験などを元気いっぱい体験し動画で紹介するというものです。微博でその動画が拡散され、それまで中国ではさほど知られていなかった「青森」の知名度を一気に押し上げました。動画のエンディングはいつも「北海道の下が青森」という画面です。日本語の字幕がついたものがYouTubeにも公開されています。
●モンちゃん動画シリーズ日本語字幕版(YouTube)
お時間あれば再生して観てみてください。モンちゃんのストレートな反応も見どころです。グルメ試食レポートでは時に眉をひそめ苦手そうな顔をするなど、言葉も態度も飾らない率直な体当たりレポートに親近感を感じる人も多そうです。おそらく一般的な観光PR動画では、ここまでの拡散には至らなかったでしょう。動画ではだれを主人公にするかが重要な要素となります。
埼玉テーマの動画は、今中国でも人気急上昇中の俳優、古川雄輝さんが各地を案内するというシリーズもののひとつです。
もちろんユーザー登録すればYouTube同様、動画を公開することも簡単にできます。利用料や掲載費用などもかかりません。
動画であれば、タイトルや短いキャプションだけ中国語に翻訳すれば、あとは映像の力で理解してもらえることも多く、文章が主の情報発信やコミュニケーションより伝わる情報も多くなるはずです。ものは試し、日本の特定エリアの食や文化、観光などテーマにした動画チャンネルを作ってみるのも面白いのではないでしょうか。
動画サイトは他にも多数あります。
例えば利用ユーザーも多い動画配信サイトをあげると・・・
●爱奇艺(愛奇芸/アイチーイー)
http://www.iqiyi.com/
●土豆(トゥドウ)
http://www.tudou.com/
●百度视频(百度視頻/バイドゥシーピン)
http://v.baidu.com/
●腾讯视频(騰訊視頻/・・・シーピン)
https://v.qq.com/
●哔哩哔哩(ビリビリ)
https://www.bilibili.com/
最後の「ビリビリ」は、他とは一線を画した動画プラットフォームです。
名前からピンと来た方もいらっしゃるでしょう。そう日本の「ニコニコ動画」の中国版です。
ニコニコ動画最大の特徴である「弾幕」が動画上を流れ、日本アニメ愛好者たちのコミュニティーともなっています。
網紅の影響力に企業も注目~“直播”ことネットライブ配信
大阪のある小学校で4年生男子を対象にアンケートをとったところ、将来なりたい職業の第3位に「YouTuber(ユーチューバー)」が入ったというニュースが昨年、ネット上で大きな反響を呼びました。HIKAKIN、はじめしゃちょーなど人気YouTuberのファン層は幅広く小学生にも人気で、「好きなことで、生きていく」というYouTubeプロモーション効果もあり、YouTuberを目指す人は少なくありません。
中国でも同じ社会現象が起こっており、「想当網红(ネットタレントになりたい)」と夢を語る子供や若い人たちが急増しています。とりわけ地方在住の若い女性にとって「ネットライブ配信の人気トッププレーヤー」は憧れの存在。パソコン一台にカメラ、あと自分の身体ひとつあれば始められるため、大学生を含む多くの若い女性が自室の片隅にスタジオコーナーを作り、ウェブカメラに向かって歌い、踊り、語りかけています。
なかには開始数か月で平均月収の10倍を軽く稼ぎ出してしまう人もでるというネットライブ配信の実態については、下記の記事が参考になります。
●中国「ライブ動画の女王」たち、高収入の源泉は(WSJ)
さきほど日本でも中国でも同様の社会現象が起きていると書きましたが、ひとつ大きな違いがあります。それは経済的な側面です。
日本でも、トップクラスのYouTuberが年1億稼いでいるなどとささやかれたこともありますが、実際のところ、ごく一部の人を除けばそんな“一攫千金”組はまだまだ少なく、YouTuberを目指しても生計をたてるまでに至っていない人が大半です。再生回数に応じた広告費が主収入なのでなかなか躍進しにくいのです。ライブ配信の「ニコニコ生放送(ニコ生)」では、有料チャンネルからの収入、ファンからの支援、そして関連イベント出演料、トップクラス配信者なら企業とのタイアップなど複数の収入源がありますが、やはりそれで生活できるほどにいたっている成功者ははごく一部にすぎません。日本では、個人が「稼ぐ」ことに対する反発・抵抗感も強く、「金を求める」姿勢がちらりでも見えるとバッシングを受けることもあります。
中国ではそこの事情が大きく異なります。
そんなカルチャー差を強く感じるのがネットライブ配信プラットフォームかもしれません。主要サイトを見ていきましょう。
●YY LIVE
https://www.yy.com/
中国ではここ数年、ネットライブ配信のサイトやアプリが大量に誕生しています。そんな中で大手サイトのひとつが「YY LIVE」です。トップページを開くと現在ライブ配信されている中で人気の配信者の映像が大きく登場します。その動画の上にマウスカーソルをあわせると「进入直播间(ライブ配信空間に入る)」という文字が現れるのでクリックしてみてください。
ライブ映像の右側に配信者に関する情報や視聴者のチャット欄が登場します。この配信が行われていたのは北京時間で日曜深夜1時過ぎと非常に遅い時間なのですが、なんと19万人がライブ配信を視聴していました。
そしてライブ映像上に、飴玉やカメラのアイコンが視聴者のアカウント名とともにひっきりなしに現れます。歌の合間には配信者がパソコンに近づき、画面上に次々現れるアイコンを見て笑顔炸裂させ「みんな、プレゼントをありがとう!」など叫ぶ場面も。
そう、これがファンである視聴者からネットアイドルである配信者へのプレゼントで、いわゆる「投げ銭」なのです。
単なる「いいね」とは異なります。
スマホゲームの課金アイテム同様、YY LIVEのアカウントに「10元」「50元」「100元」その他自由に金額を指定して一定額をチャージしておき、その範囲内で配信者に対し贈り物をすることができるのです。受け取った配信者はそれを現金化して引き出すことができます。プレゼント1単位ごとの金額は少額ですが、それを連打してくる人もいれば、どかんと高額なプレゼントを投げてくる熱烈なファンもいます。
チャット欄上の「貢献榜」を見ると、この配信者へ多くのプレゼントを贈ってきた熱心なファンの一覧を見ることができます。配信者だけでなく、視聴者側も投じた金額に応じてランクがあがってゆく仕組みです。
トップクラスの網紅の収入は、こうしたファンからの投げ銭だけではありません。ファンへの影響力の大きさを見込んだ企業がスポンサーとなり、その企業の製品・サービスを実際に利用して宣伝してくれることを条件に資金を提供しています。
昨年秋に日本で開催された「Internet Celebrity Summit2016」では、そうした事例も数多く紹介されました。
ご興味ある方はレポートもありますのでぜひご覧ください。
●中国越境ECへの「網紅(ワンホン)」活用の可能性とは?Weiboの王高飛CEOなど日中のマーケティングのキーマンが講演【Internet Celebrity Summit2016 第1部】(SMMLab)
他にもネットライブ配信のプラットフォームはいろいろあります。
●映客(インク)
●花椒(フアジャオ)
●斗鱼(ドウユ)
●熊猫TV(ションマオ/パンダTV)
●一直播(イージーボー)
たとえば日本でも愛用者が多い美顔アプリ「BeautyPlus」は中国企業・美图の提供ですが、同社では「美拍」という自撮りライブ配信専用のアプリも出しています。顔パーツ認識で美顔変換されるのはもちろん、猫耳などでデコレートしたりキャプションを加える機能もあります。スマホ一台で、場所を問わずいつでもライブ配信できるだけでなく、アプリの最新機能を駆使すればインパクトのある演出までできるようになっているのです。
また、微博が出資している一下科技の「一直播(イージーボー)」は、リリースわずか9か月で、DAU(一日のアクティブなユーザー)が1,000万人超と急成長。現在「映客」「花椒」と並ぶ3大人気生放送アプリとなっています。
ネットライブ配信の中心は若い女性で、ぬいぐるみなど置いた自室で歌やダンスを披露しファンを魅了するというのが定番配信ですが、他にもゲーム中継やスポーツ解説、あるいはアーティストがライブで作品を作り上げたり、大道芸人がパフォーマンスを披露したり、自撮り棒につけたスマホを使って旅先を移動しながらライブ配信する人など、コンテンツも多岐にわたっています。
今後もライブ配信はさらに拡大してゆくことが予想されます。「日本」という立地でどういったライブ配信の可能性・ニーズがあるか、企画してみてはいかがでしょうか。
オンラインショップでも「動画活用」
最後にもうひとつ。
ネット動画・ライブ配信の流れは、当然ECにおいても進行しています。単に商品紹介のために動画を作成して商品詳細ページに掲載するというのにとどまりません。
百聞不如一見(百聞は一見に如かず)。
実際に見てみましょう。下記は淘宝アプリのライブ配信を動画撮影したものです。
▼淘宝(タオバオ)ネットライブ配信(45秒)
弾丸トークで商品の紹介をする女性。風にふわりたなびく春コートを「風衣(フォンイー)」とアピールして販売しています。ターンしたり、袖口のアップを見せたり、軽快でキュートなトークだけでなく動きもたっぷり。ライブ中に視聴者からチャットで寄せられた質問にも実物を見せながらテンポよく回答し、疑問点・不安点を次々に解消していきます。
画面の左下には時折ショッピングカートのアイコンとともに「XXXX等14人正在去买(買)」の文字が浮かび上がります。これは実際に購入している人の淘宝アカウント名の一部と購入中のユーザーの人数です。後半、商品がショッピングカートに投げ込まれるスピードが次第に速まってくると、なぜだか買う気がなかった自分までそわそわしてくるから不思議です。オンラインショップ始まって以来の臨場感と言えるでしょう。
こうした動画による商品紹介に中国人ネットユーザーが集う理由のひとつは「信頼性」です。
いくらでも簡単に加工して実際より美化できる写真と異なり、ライブ配信での商品実物紹介はごまかしがききません。
ファッションであれば、実際に着て動く映像を見ることで、前だけでなく横や後ろなど様々な角度からの見た目情報や、素材の質感もつかめます。日用品であれば写真ではわからない「使い勝手」を確認することもできます。
その場で、視聴者からのリクエスト・質問に答え、実演してみせるこのオンラインショッピングのライブ配信は、今後日本でも本格的に始まるかもしれません。
淘宝のスマホアプリを入れ、ログインをすればこれらのライブ配信を見ることができます。とくに中国での物販を検討中の方は、ぜひ早めに見て一度研究しておいてください。
次回は中国の主要な旅行情報サイトを通して、訪日中国人観光客がどこでどういった情報収集をして来日しているのか、見ていきたいと思います。
和田 亜希子(Akiko Wada)
都市銀行、検索エンジン等を経て2001年独立。企業からの受託でクチコミを活用したマーケティング、アフィリエイト・プログラム導入運用支援などを行うかたわら、「東京ビアガーデン情報館」「台湾温泉ガイド」などの専門サイトを企画運営。主な著書「アフィリエイト・マーケティング実践マニュアル(翔泳社)」「ひとつの ブログで会社が変わる(技術評論社)」「ミニサイトをつくって儲ける法(日本実業出版社)」。
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