媒体単価の上昇、Googleのアップデート、脱Cookie依存、各媒体の審査厳格化。デジタル広告市場は今、激しい変動の中にあります。
「新規獲得効率が悪化し続けているが、有効な打ち手が見当たらなくて困っている」とお悩みのEC企業マーケティング担当者も多いのではないでしょうか。
そこで今回は、ここ数年間に起きたデジタル広告に関連する変化を改めて振り返りながら、この環境下において、これからEC企業が注力すべき3つの施策について事例をもとに解説していきます。
SNS広告の平均CPCはここ3年で約2倍に
多くの広告主から「デジタル広告のクリック単価(CPC:Cost per Click)が高騰している」という声が聞こえてきますが、実際にはどれくらい上昇しているのでしょうか?
以下は、2016年10月~2019年10月に、とある3つの通販EC企業が出稿したSNS広告の平均CPCの変遷を示したグラフです(※)。2016年~2017年にかけての平均CPC130円に対し、2019年は平均CPC227円に上昇しており、この3年間で約2倍に高騰していることが分かります。
現在は、SNS広告だけでなくデジタルの運用型広告全般において、同じようにクリック単価が高騰化の傾向にあると言われています。たくさんの企業がデジタル広告に取り組むようになったものの、日本の人口は減少傾向のまま…競争は激化する一方なのです。
新型コロナウイルスをきっかけに多くの企業がECに注力をし始めた今、この傾向はさらに強まっていくと言えるでしょう。
デジタル広告を取り巻く5つの大きな変化
その他にも、デジタル広告を取り巻く環境にはさまざまな変化があり、デジタル広告による新規獲得の難易度はますます上がっています。以下の5つは、この3年間に起きた代表的な出来事です。
①2017年9月:Safari サードパーティーCookie制限を発表
EUの一般データ保護規則(GDPR)の施行など世界的な個人情報保護の流れを背景に、2017年9月にAppleがサードパーティのCookieを対象にSafari上のトラッキングを制限するITP(Intelligent Tracking Prevention)を発表。これによりサードパーティーCookieを使用してのリマーケティング広告等が難しくなり、効果測定やリマーケティング広告に影響がおよびました。これを機に、各ブラウザでのCookie制限が強まっていきます。
②2017年12月:Google 健康に関する情報の精査を目的としたアップデートを実施
2017年12月に、Googleが医療や健康分野の情報に関してより信頼性が高く有益な情報を上位表示させる対策を実施、これにより本分野の情報の60%にまで影響がおよびました(※1)。それまで健康や医療関連のワードで上位を占めていたサイトの検索順位が軒並み入れ替わるような状況に発展、SEOに強いアフィリエイトサイトからの流入が激減するなどの影響が出て、健康食品や化粧品通販においてアフィリエイトからの新規獲得を行っていた企業は大きな打撃を受けました。
③2018年12月:広告ブロックアプリが有料アプリダウンロード数一位に
2018年12月には、広告をブロックするアプリが、iTunes Storeで有料アプリダウンロード数1位を獲得しました。「お金を払ってでも広告をブロックしたい」ユーザーが多いことを示す象徴的な出来事だったと言えます。
④2019年5月:Yahoo! 広告掲載基準の変更
2019年5月には、Yahoo!が「Yahoo!プロモーション広告」における広告掲載基準の変更を発表、「広告のクリック等をさせることを主目的としているもの」に該当するサイトはヤフー株式会社の提供する全てのサービス、提携パートナー上での広告掲載ができなくなりました(※2)。それにより、アフィリエイトサイトを含む成果報酬型サイトのYahoo!への出稿が実質不可能となり、アフィリエイトを主な流入源としていた企業に大きな影響がおよびました。
詳細はこちらのブログでも解説しています。
Yahoo!アフィリエイト広告規制とは?規制背景から今後のマーケティング施策のヒントまでをわかりやすくご紹介!
また、Yahoo!はこの他にも広告品質向上のための取り組みを継続しており、2019年度には14件の広告掲載基準の変更を行い、Yahoo!広告において約2億3千万件の広告素材を非承認(基準に抵触する広告)としたことを発表しています(※3)。
⑤2020年1月:Google Chrome サードパーティーCookie対応の段階的な廃止
2020年1月には、GoogleがChromeでターゲティング広告のために使用されるサードパーティーCookieの提供を今後2年間で段階的に規制すると発表しました。Googleの発表では、Cookieに変わる安全なデータ取引の仕組みを開発中とされているため、これにより広告主が直ちに大きな影響を受けることはないと考えられるものの、AppleのITPではファーストパーティーCookieについても一部制限されることになるなど規制が進んでおり、リターゲティング広告を中心に、Cookieを利用した広告配信手法はこれからも大きく変わっていくと考えられています。
これらの変化は全て、これから広告主は「より生活者の消費体験を損なわない、有用性の高い広告体験」を生活者に提供していく必要があることを示しています。
これからEC企業が注力すべき3つの施策
このようにデジタル広告が激動期にある今、多くの企業が従来通りの枠にとどまらない新たな手法による新規顧客獲得効率の改善や既存顧客のLTV向上に注力し始めています。
ここからは、実際の事例を紹介しながらEC企業がこれから注力すべき3つの具体的な施策内容を解説していきます。
①UGCの活用
企業発信の広告への嫌悪感や信頼度の低下が見られる一方で、生活者が発信する情報への信頼度は高まっています。「生活者の63%が購入前に商品のUGC(User Generated Contents)を探している」「20~30代の53%がUGCが購買活動に影響を及ぼしたと明言している」などのデータもあります。
このような背景を受けて、多数の企業がUGCの生成やマーケティング施策への積極的な活用に取り組んでいます。
(1)広告クリエイティブにUGCを活用することで新規顧客獲得効率を改善
ユーザー目線の自然な訴求ができる「UGC」は、優秀な広告クリエイティブ素材になります。また、UGCをクリエイティブに活用することで、制作時間やコストのカットにもつながります。
20~30代男性に話題の急成長中のメンズコスメブランド「BULK HOMME」を展開する株式会社バルクオムは、SNS広告のクリエイティブにUGCを活用することで、CTRは165%、CVRは407%改善、CPAを約1/3に削減する成果を上げています。
(2)新規顧客獲得用LP、ECサイト、既存顧客向けLP等にUGCをコンテンツとして掲載し、新規顧客獲得効率改善や既存顧客のLTV向上を実現
ユーザーが実際に商品を使用した感想・口コミは、新規商品購入や、商品の継続利用を検討するユーザーにとっての強力な後押しになります。サイト内にUGCを掲載することで他口コミサイトへの離脱を防止、滞在時間の向上やコンバージョン率の改善につながります。
ベースフード株式会社は、広告用のLPを中心にInstagramのUGCを掲載しています。他のお客様が実際に使用しているシーンを見せることで「これなら私もできそう」という自分ごと化を促進し、LPのCVRは掲載前に比較し1.24倍に、ROIはLTVで見ると380%の成果を上げています。
メイクアップブランド「ETUDE(エチュード)」は、ECサイトのTOPページや各商品購入ページにInstagramのUGCを掲載しています。本来であれば店舗で実物を見ないとイメージしづらい使用感を訴求することで、ECサイトを訪れた人の不安感を払拭しています。
新型コロナ感染拡大により店舗で買い物をする機会が減少しつつある今、UGCは自分ごと化できる貴重なコンテンツとしてよりその価値が高まっていくでしょう。
UGCを活用する上でのよくある質問はこちらの記事にまとめました。
UGC活用について、よくある質問11個に答えてみた!【マーケティング施策「あるある」一問一答】
②動画の活用
生活者にとって有効で価値の高い素材として、「動画」も新規顧客獲得効率の改善や既存顧客のLTV向上に大きく貢献します。
(1)広告クリエイティブにUGCを活用することで新規顧客獲得効率を改善
LINEは2020年7月に開催したイベント「LINE Direct Day」において、「全国的な外出自粛期間においてユーザーの動画反応率が顕著に上昇」したと発表しました。LINE社は今後10月頃までに動画広告配信在庫を2倍程度に増やしていくと話しています。
同イベントに登壇した株式会社エーザイは、「従来は静止画として使用していたクリエイティブを一部だけ動画にし、バーティカルフォーマットの静止画風動画クリエイティブに変換して配信したところ、CPAを目標水準に近い形で維持しながら獲得件数が倍増した」と語りました。現在はLINE広告全体の配信金額の86%を動画が占める状態になっているそうです。
「動画は制作に時間もコストもかかるため、PDCAによる改善が重要な運用型広告で活用しにくい」と考える広告主も多いですが、現在はテンプレートなどを用いてデザイナーでなくても簡単につくれる「カジュアル動画」を量産できるツールも出てきており、静止画と同様に「テキストメッセージ」や「クリエイティブ」の検証をしながら広告の改善を行える環境が整っています。
これからは、LINEだけでなくデジタル広告全体で「動画広告」の拡大が進んでいくと考えられます。広告主にとって「動画広告におけるノウハウの獲得」は大きなテーマの一つになっていでしょう。
動画広告を制する上での重要キーワード「カジュアル動画」については以下の記事で詳しく解説しています。
コスト削減だけではない!手軽に作れる「カジュアル動画」を活用すべき本当の理由
(2)動画をWEBサイトやメルマガなどのコンテンツとして活用し、新規顧客獲得効率改善や既存顧客のLTV向上を実現
動画は短時間で多くの情報量を分かりやすく伝えられるコンテンツとして、WEBサイトやメルマガ、SNSなどさまざまな場所で活躍、クリック率やエンゲージメントレート、滞在時間の向上などに役立ちます。静止画より表現の幅も広いため、商品理解の向上にもつながります。
次世代型ロボット「LOVOT(らぼっと)」を提供するGROOVE X株式会社は、顧客育成を目的にしたCRM施策として動画を活用しています。LINE公式アカウントの投稿では、静止画のCTRよりも動画の視聴完了率の方が2ptほど高い数値が出ており、商品理解につながっている実感を持てているそうです。
動画は生活者に馴染みがあり受け入れられやすいコンテンツとして、これから新規獲得、LTV向上、ファン化まで活用の幅はますます広がっていくと考えられます。動画が当たり前の時代に備えて、今のうちから動画への対応力を高めておくことが必要です。
動画を活用する上でのよくある質問はこちらの記事にまとめました。
動画を活用したマーケティング施策について、よくある質問10個に答えてみた!【マーケティング施策の「あるある」一問一答】
③ファン施策
自社のブランド・商品を愛用してくれている生活者とのコミュニケーションに重きをおく企業が増えています。特に、コロナショックによる不況は長期化すると予測されており、自社を応援してくれる生活者との関係性を維持してLTVを高めて行く施策はますます重要になってくると考えられます。
(1)SNSを活用、ファンとともにブランドを育成
株式会社DINETTEは、同社が運営する美容メディアで丁寧なDM返信やコメントバック、ストーリーの質問機能を活用したQ&A企画など、双方向性のあるコミュニケーションに注力。その結果、フォロワーからメディアを応援してくれるファンを生み出し、熱量を高めながらその関係性を維持することに成功しています。さらに、その後立ちあげたコスメブランド「PHOEBE BEAUTY UP」では、メディアを応援してくれているファンの声を起点にしたプロダクト作りに邁進。ファンとともに、ブランドを育てていく姿勢を大切にしています。
(2)ファンとのリアルの接点を重視、顧客との関係性を深化
マナラ化粧品を展開する株式会社ランクアップは、「会える通販」を掲げ、「1000meet up」企画として1年間で1000名の顧客に会うプロジェクトを実施しています。顧客とたくさん会う機会を作ることで多くのファンと顔見知りの状態を作り、内輪感を作ることで社員と顧客の垣根をなくし、最終的には顧客に応援してもらえるような関係作りを目指しています。
企業は、顧客との間で「真の意味で自社を応援してくれる関係性の構築」に努めることにより、その顧客からのLTVを伸ばすだけでなく、商品やサービスの改善や、ファンを起点としたさらなる新しい顧客との出会いにも繋げられるでしょう。
その他、様々な方法でファンとの関係性を深めている事例をこちらの記事で詳しく紹介しています。
ファンとの積極的なコミュニケーションに取り組んでいる施策事例10選
まとめ
有効な打ち手が見つからず新規獲得広告も頭打ちに、Cookie制限や媒体審査の厳格化などデジタル広告市場を取り巻く環境も大きく変化、さらに新型コロナウイルス拡大による不況…といったさまざまな厳しい現状にある中、各社は「UGCの活用」「動画の活用」「ファン施策への取り組み」など新しいチャレンジを続けています。
効率を重視するだけではなく、より生活者に寄り添う施策を重ねることで新規顧客獲得効率の改善やLTVの向上につなげる…これからはそんな本質的な「生活者マーケティング」が大切になると言えるのではないでしょうか。
※1)Google社公式ページ:医療や健康に関する検索結果の改善について
※2)Yahoo!広告公式ページ:広告掲載基準「広告の有用性について」判断基準変更のお知らせ
※3)ヤフー株式会社「広告サービス品質に関する透明性レポート」(2020年8月)